錆びつく森

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act.23

written by  みや




49.






ホテル内で一番広い会場だと言うのに狭く感じるのは詰め掛けた
人の多さのせいに他ならない
今日この会場で行われてるのはロスマン社主催、そして道明寺財閥が
全面的にバックアップする大規模な集まり、とくればこの騒々しいほどの
賑わいも仕方ないと言えるだろう



なにせNYに本社をおく企業はもとより取引がある企業や銀行・有力者と
呼ばれる人々が世界中からこの部屋に集まってきているのだから



そこかしこで群れをなす人々の間を通り過ぎる度、囁かれる労いと賞賛の数々
危機的状況にあったロスマン社を見事に建て直した道明寺財閥の若き総帥
道明寺司の名前は彼の手腕と功績とともに政財界に広く知れ渡り
その地位と権力そして名声は誰もが認めるところなっていた



力が欲しかった揺るぎない力・・・しかしそれは望む未来があったからこそ
その未来への扉を閉ざされた司にとって栄光も成功も色褪せて見えて
賞賛を受ければ受けるほど、言いようのない虚脱感が自分の中で
どんどん増していくように感じていた



パーティーの話を聞かされたとき、行きたくないそう思った
しかしパーティーの目的は司の労を労うだけでなく
新社長の披露、ロスマン会長の快気祝い、そして司とマリの離婚により
不和が囁かれる道明寺財閥とロスマン社が今後も友好関係を続けていく
そのことを世間に知らしめること、と言わればロスマン社の代表を
勤めた者として、道明寺財閥総帥として欠席は許されない
仕事と割り切って出席を決めた司は義務である挨拶を済ませ、
喧騒を逃れ1人になれる場所を求めて屋外に向かっていた




人目を惹かないよう注意しながらフレンチドアから石敷きのテラスに出ると
その先に広がるのは中世ヨーロッパの庭園を思わせる中庭
冬でも管理された環境のもと青々と茂った芝生には夜露がおりていて
月の光を浴びてキラキラと輝いている


靴先が濡れるのもかまわず中庭に下り立った司は、会場からの視線を
遮る木陰に目をとめた
歩くたび露を含んだ葉が小さな音をたてる、あと少しところまできて
司は足音が自分のものだけではない事に気がついた



テラスに出る姿を誰かに見られたのだろうか?
溜息と共にゆっくり振り返った司の目にサラサラした髪を月光に晒し
どこか浮き世離れした微笑みを浮かべて立つ親友の姿が飛び込んできた



「類・・・来てたのか」

「主役がこんなところにいちゃまずいんじゃないの?」



真面目なのか、からかっているのか、ともかく相変わらずの口調に
司の肩から力が抜ける



「いーんだよ、主役の座ならさっきマートスと会長に渡してきた」



会場の明かりを背に長身の男2人は木陰に並んで立った
静を告訴しないと決めた後、1度だけ電話で話をしたのが最後
その後司はつくしに、類は静に付き添い互いの近況すら知らない
少なくても司は類にも、もちろん他の誰にも静の様子を尋ねなかった



「静はどうしてる?」

「んっ・・・だいぶ落ち着いた」



静を許せずにいる自分と反対に幼馴染として気にかける自分
葛藤する2つの感情を持て余し、考えれば考えるほど深みに嵌って
今はもうどうしたいのか、それすらわからない



「いつまで付き添ってんだよ?このまま一生ってわけでもねーだろ」

「それはないよ、静だってそれは望んでないと思うし、たぶんもう少しかな
人の事より自分はどうするのさ、日本に戻れない理由はなくなったんでしょ?」




――― 日本に戻る ―――




ロスマン社のことがなければ2年前自分は日本に戻っていたはずだ
2年経ちロスマン社の経営からも離れ日本に戻れない理由はもうない
けれど戻りたい理由も・・・



「どーすっかな、戻ってもどうせ頻繁にこっちに来なくちゃなんねえし
 NYの生活にも慣れたからな」



じっと心を見透かすような視線で見つめられ、居心地が悪くなった司は
ポケットから煙草を取り出し口に銜えた
すると類の指が伸びてきて、1本取り出すと同じように銜えて見せる
司は驚いて類を見たが、類の顔があまりにもしれっとしているので
言いかけた言葉を飲み込み、最初に自分、次に類にも火をつけてやった


群青色の空に上って行く2本の煙を見ながら、吸い込んだ煙をゆっくりと
吐き出す司の横で、類が顔をしかめる



「不味い、司こんなもん吸って楽しいの?」

「ああ!?だったら吸うんじゃねえ!!」

「言われなくてももう吸わないよ、そう言えば司もうすぐ誕生日だね」



久々の類ワールドに頭を抱えた司の手に類がさっと白い紙を握らせる
司は顔を上げ握らされた紙と類の顔を交互に見た



「なんだよこれ?」

「誕生日プレゼント」

「・・・」

「たぶん司が1番喜ぶものだと思うけど」



1番欲しいもの・・・真意を探るような視線を向けても類はただ微笑むだけ
浮かんできたひとつの考えに司は吸いかけのタバコを足元に落とし
柄にもなく緊張をするのを感じながら、几帳面に折りたたまれたそれを広げた






『明日のパーティー俺も出席するけど迎えに行こうか?』

『パーティーにはやっぱり行けない、あたしはこのまま日本に帰る』


見送りに出た病院のエントランスでつくしが類に託した手紙
きっちり折りたたまれたその中身を類は尋ねなかったが
つくしの顔に浮かんだ晴れやかな笑顔がそこに書かれた内容を物語っていた



白い便箋に綴られた懐かしい文字、最後にはっきりと記された名前を
司は何度も読みかえす
つくしに誓った「必ず迎えにくる」と、4年の約束は守れなかったけど
司は手にした手紙を強く胸に押し当てた、まるでつくしを抱きしめるように



「牧野・・・」



錆びつき動きを止めていた運命の歯車が今ゆっくりと回り始める





50.





勝気な瞳に精一杯の強がりを浮かべさよならと言ったお前
そっと唇に触れた冷たい指先の感触もはっきりと憶えている



『開放してやるよ』



腕の中からするりと抜け出たお前に投げつけた最後の言葉
開放してもらったのは自分の方だと、わかってながら強がりしか
言えなかった俺はなんて幼かったんだろう


果てしなく長く感じた飛行時間、今さら考えても仕方ないことと
知りながら司は様々な思いに考えを巡らせていた

数年ぶりに踏む日本の地、乗り込んだ車は積もり始めた雪による渋滞に
巻き込まれつくしの部屋の前に辿りついたのは夜9時を回る頃だった



「・・・はい?」



夜遅く突然鳴り響いたノックに部屋の中から聞こえてきたのは
警戒を感じさせるつくしの声



「俺」



短く答えた司の声、一瞬の沈黙があいてガチャガチャと慌しくチェーンを
外す音が聞こえてくる
勢いよく開かれた扉から求め続けた真っ直ぐな瞳をこれ以上ないくらい
大きく見開いたつくしが顔を出した



「道明寺」



手を伸ばせば簡単に届く距離に、求めて止まなかったつくしがいる
苦しいくらい激しく脈打つ心臓、体中の細胞が今すぐ胸の中に抱きしめて
もう2度と離したくないと叫んでいる、押し寄せてくる激しい衝動に司は
意志の力を掻き集め耐えた
そして胸のポケットから、大切にしまってきたあの手紙をつくしの前で
広げて言った



「お前、こうゆうのは直接言うもんじゃね?」



つくしはびっくりして司と手紙を見つめ、慌てて奪い取ろうとしたが
身長が違う上に腕を伸ばされては届くはずもない
真っ赤な顔で下から司を睨み付けるとぼそっと口を開いた



「・・・だって直接なんてなかなか会えないじゃん」

「パーティーに来れば良かっただろ」



もっともな言い分で、さらりと切り返されつくしは黙り込こんだ
別れたとは言え、司と元妻が一緒にいる場所になど行きたくない
なんて思った事ことは悔しいから絶対に言いたくなかった



「これはこれで記念にとっておくけどよ、言えよお前の口で」

「はあ!?イヤだそんなの絶対に無理」

「イヤってなんだよ!言えよ!書いたんだから言えるだろ」

「言わない、何なのあんた?自信ありすぎ、なんかムカツク」



つくしが叫ぶと同時に司はつくしの腕を掴みとグイッと引き寄せ抱きしめた
そしてすっぽり腕の中におさまった、まだシャンプーの香りが残る髪に顔を
埋めて呻くように呟く



「自信なんかねえよ」

「・・・えっ?」

「自信なんかねーって言ってんだよ、くそっ情けねえ牧野言ってくれ
 ちゃんとお前の口から聞かねえと信じらんねーんだよ」



押し付けられた硬い胸から聞こえてくる心臓の音は驚くほど早い
つくしの腕がゆっくりでもしっかりと、広い背中にまわって司を抱きしめる



「・・・あんたの気持ちがまだ変わってなかったら」



言葉を切ったつくしが、背中に回していた手を司の胸に当てそっと押す
司は手を離さなかったので腕の中にいることに変わりはないが、少し距離を
開けたことで互いの顔を見つめることができるようになった
どちらも視線を逸らすことなく正面から、まっすぐに互いを見つめあう



「あたしと結婚してくれる?」



言い終えた瞬間、司の顔に浮かんだ笑顔をつくしは一生忘れないと思った
そして自分が司を幸せにできることを幸せだと思ったその気持ちも



「俺の気持ちは・・・一生変わんねーよ」





降り続いていた雪が雨に変わる頃、目を覚ましはっと身を起こした司は
カーテン越しに差し込む僅かな明かりに浮かび上がる白い肩
自分にぴったりと寄り添い眠るつくしの姿を見つけ胸を撫で下ろした
上半身を再び横たえながら、ぐっすり眠るつくしをそっと抱き寄せ
額に唇を押し当てる


あまりにも長く離れていた誰よりも強く求めていた、互いの存在
昨晩2人は互いを求め、そして与え合った
本能のまま、性急にそして貪欲に過ごした熱い夜を思い返し
首筋をくすぐる柔らかな寝息、寄り添う優しい温もり
つくしの全てがようやく自分のものになったのだと言う実感に
司の胸が熱くなる


ベッドサイドに置かれた時計に目をやれば時刻は午前6時
時計の隣にはNYから持ち帰ったあの野球ボール

聞こえてくる雨音、窓の外はどんよりと低い雲に覆われ寒々しい
冬の朝を迎えているのだろう
でもこの部屋はそして司とつくし2人の心は春の陽だまりのように
優しく温かい
つくしの薬指で煌めきを放っている大きなダイヤモンド
ぴったりと指にはまったリングの内側にはNo Pain No Gainの文字



思い続けたから・・・信じていたから・・・諦めなかったから今日がある
そう言えば格好もつく、けれど実際は諦め切れなかった
この人をこの愛を忘れることなど、どうしてもできなかった



「どうしたの?」



気が付くと眠っていたはずのつくしが眠そうな顔で見上げていた
司は「愛してる」唐突に呟き細い身体を折れそうなほど強く抱きしめた


「ねえ、そう言えば指輪に彫ってあるこの言葉って」

「ロスマン社の会長から教えてもらった」

「おじさんが?」



   ――― No Pain No Gain 

           痛みなくして得るものはなし ―――



いきなり飛び込んだビジネス界で苦しむ司にロスマン氏は
そう言っていつも叱咤激励してくれた

当時を懐かしむように目を細める司の横でつくしは手を伸ばし
薄明かりに手をかざして薬指で光る指輪を見つめた
僅かな光を眩い輝きに変えて煌めく小さなリングは永久の愛を
誓った証



「簡単に言えば何かを得るためには代償を払えって事だろ?
 俺はお前との未来を手に入れるため、NYに渡った
 お前は頑張った俺への褒美、だからこの言葉を選んだんだけどよ」

「あたしはあんたの褒美かい・・・」



つくしが引っ込めようとした手をひと回り大きな司が捕らえる
絡みあう指と指、痛みを乗り越えた者だけが辿り着ける真実の愛



「Both pains and happiness pursu the share combination,
 ……as for us. 」

「えっ?」



唐突に発せられた流暢な英語に面をくらって黙り込んだつくしの口元に
司は優しくキスを落とし、そしてもう一度繰り返す



「牧野愛してる」



この先は苦しみも喜びも何もかも全部2人で分かち合って生きていく
歯車はもう止まらない・・・永久に動き続ける、この愛がある限り










― 了 ―





アンカーを勤めさせて頂いたみやです、本当は押し付けられ・・・
いやいや光栄です、私なんぞが締めを書かせてもうらうなんて
本当にいーの?って感じです
一応区切りになりますので、僭越ながらゴールのご挨拶をひと言

4ヶ月近く付き合わせてこんな最後じゃ納得できない〜って
声が聞こえてきそうですが(汗)耳を塞いで叫ばせて頂きます
これにて『錆びつく森』完結です!!( ̄^ ̄メ)\(_ _ ;)ゴメンネ

暗ーい設定から始まったお話、途中の辛い展開にめげず最後まで
お付き合い下さった皆様ありがとうございました
『螺旋模様』こちらも最後までお付き合い頂ければ嬉しいです

そして最後に、ここまでたすきを繋いで下さった皆様まずは1本!
お疲れさまでございました、ありがと〜(⌒⌒
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