螺旋模様

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act.3

written by  みや




5.





NYメープルホテルの一室


身に付けたシルクのドレスは部屋にあらかじめ届けられていたもの
淡いブルーの色調とシンプルだが微妙なカットが施されたデザインは
華奢な体と黒髪を美しく引き立てている


着慣れない服に場違いな自分、戦闘服を纏うように化粧を施し
最後の仕上げにグロスをのせて鏡を閉じた




「用意できた?」




いつの間にかドアに寄りかかるように立っていた類
ダークブラウンのタキシードを見事に着こなし優雅に微笑む
その姿はつくしに絵本の中の王子さまを連想させた




「花沢類、王子さまみたい・・・」




普通の男ならここで悦に入るか引くか照れるか、しかし類は
微笑みを深めだったら牧野はお姫様だねとさらりと言ってのけたと
思うとつくしの手を取り自分の腕に絡ませエスコートのポーズを取る




「な、なんかこれって大袈裟じゃない?」


「そ?普通だよ」




沢山の人が行き交うロビーをぬけ受付で招待状のチェックを
済ませた2人は会場に使われている広間に案内された

道明寺財閥の新しい総帥の披露、そして就任を祝うための
パーティー会場はロスマン社との提携で更に勢力を強めた
道明寺一族や幹部と会って話をしたいと思う人々で溢れかえっていた





「牧野なんか飲む?」


「んっ?じゃあなんか軽いものがいいな」




類が選んでくれた軽めのカクテルをチビチビ飲んでいたつくしは
バンドが演奏を止め、ざわめいていた会場が徐々に
静かになっていることに気がついた

ホテルの従業員が皿を下げたり出したりする音の他は
何も聞こえなくなると司会者が主役の登場が告げる

列席者全員の視線を集めどこからともなく湧き上がった拍手に
迎えられた今日の主役
悠然とした足取りで会場前方に設置されたステージに向かう司



後ろの方で見ていたつくしはステージに上がった司の姿を
目にした途端こぼれそうになった声に慌てて口元を押さえた




雑誌やTVで見かけることはあった毎日声も聞いていた
でも生身の司を見るのは4年ぶり
写真や映像では伝わってこなかった圧倒的な存在感


少年の面影が拭い取られた顔、線が太くなって逞しさを増した
肉体を高そうなスーツに包み流暢な英語を話す司は
どこからみても大人の男になっていた





時間が止まる瞬間、漫画や小説で読むことはあっても
本当にそんなものが存在するなんて思わなかった
でも司を見つめるつくしの時間は確かに止まっていた
息苦しくなるまで呼吸すら忘れるほどに・・・





「牧野?」


「ちょっとごめん・・・外行ってくる」


「一緒に行く」


「ごめん・・・1人にして」






類の視線を痛いほど感じながらつくしはひとりテラスに向かった


ガラス戸の外はテラスと呼ぶには広すぎる空間
所々に休憩用のベンチや景観を意識した緑が設置されている
人目につきにくい場所を選んで腰をかけたつくしは
天を仰ぎ大きく息をついた



頬を掠めていく少し冷たい風が火照った体に心地良い



目を閉じて司を思う時いつだって頭に浮かんだのは18才少年の姿だった
けど、浮かんでくるのはさっき見たばかりの22才の司の顔




ぼんやり見上げた空に浮かぶ白い雲その下に林立する高層ビル
ここは世界経済の中心都市「 City of New York 」
この街が司を少年から大人の男にそしてあたし達の未来を変えた






「おい大丈夫か・・・ってなんだお前?その顔相当間抜けだぞ
 せっかくのドレスが泣くな」





突然降ってきた声に驚いて顔を上げるとさっきまで壇上にいた司が
ボタンを外したスーツを風になびかせながら近づいてくるのが見えた

当然のように隣に座った大きな体に決して小さくないベンチが狭く感じる
足を組んで座った司の体からは懐かしいコロンの香りと知らないタバコの匂いがした





「似合ってんじゃんそのドレス、それにこれも」





胸元に伸びてきた指先につくしの心臓が跳ね上がる
咄嗟に身構えた姿を見て笑う顔は以前と少しも変わらない
鋭い眼差しが自分を見つめる時だけ優しくなるところも





「あ・・・ドレスありがと」


「着てくれねえかと思った」


「なんでよ?・・・ねえアレ大丈夫なの?」




つくしが示した先にはちらちらとこちらを窺うSPらしき男が2人
かまわねえよと呟き司が視線を送るとあっさり中に引き上げていった
まさに人を顎で使う状態だが司がやると妙にしっくりくる






「相変わらず偉そうに・・・早く戻ったら?主役でしょあんた」



「偉そうじゃなくて偉いんだよって前に言ったろ
 大体お前が真っ青な顔して出てくから・・・ったく類の奴は何してんだ」





怒ってるの?と聞きたくなるぶっきらぼうな優しさも変わらない
悪態をつく端正な顔を見ていたつくしは胸が熱くなって
零れそうになる涙をそっと指で拭った





「あたしは大丈夫・・・道明寺こそ事故のこと聞いた大変だったね」





事故の話に触れた途端、一転して険しい顔つきになった司を見て
つくしは琴線に触れてしまったような感覚を憶え手馴れた手付きで
タバコに火をつける姿を黙って見守った

無言で1.2度深く紫煙を吸い込んだ司はまだ長いそれを足で踏み消し
黒く小さくなった煙草からつくしへとゆっくりと視線を上げる
硬く引き結ばれた口元とどこか苦しさを思わせる真剣な眼差し
その顔をつくしは「前にも見たことがある」と思った





俺が決めた、道明寺司として





NYに行くと告げられたあの時と同じ心を決めた静かな眼差し
でもあの時とは違う、心を決めているのは司だけじゃない







回りだした運命の歯車 ――――
       


         もう止められない ―――――










「牧野、後で話がある」


「・・・今じゃだめ?」


「あ?」


「今ここで聞きたい・・・お願い道明寺、引き伸ばさないで」





つくしは司の腕を掴み驚きで見開かれた瞳をじっと見つめた
震える指先で掴んだ腕は硬くて逞ましくて温かい
どちらも視線を逸らすことなく見詰め合うだけの時が過ぎる
先に視線を逸らしたのは司だった
大きなため息をつき肩から力を抜いた司が前を向いたまま
独り言のように呟く




「帰国は延期だ・・・いつ帰れるかもわからなくなった」




淡々とした司の声が頭の中でこだまする

わかっていた事覚悟してきた事泣かない今は絶対に泣かない

涙は日本に置いてきた






「おじさんの・・・ロスマンさんの容態は?」





ゆっくりと横に振られた首、その一瞬苦しげな表情を浮かべた司を
つくしは抱きしめてあげたいと思った
伸ばしかけた腕を意思の力で押しとどめベンチに置かれた手に重ねる

片手では包みきれない大きな手





「道明寺あたしが今から言うこと違ってたら教えてね」





ピクリと動いた指がつくしの細い指を絡めとり2人の指先が交わる
手のひらに感じる体温、滑らかな指先の感触
2度と離さないと誓った互いの手を愛おしむように繋ぎ合わせた





「ロスマンさんはもともとあんたと道明寺財閥の恩人なんだよね?
 彼はあんたを庇って大怪我を負った、彼には一人娘がいる
 彼女とロスマン社を守れるのは今あんただけ・・・・合ってる?」





強く握られた右手が痛む、でもそれ以上に心が痛い
再会は幸せなものになるはずだった
その日を夢見て寂しさや孤独に恋しさに耐えた4年間が
走馬灯のように蘇っては消えていく





「彼が復帰するまで俺がロスマン社を支える」


「うん」


「大仕事になる落ち着くまで先のことは決められない
 でも俺は必ずお前の・・・」





そっと唇に触れたつくしの左手が言いかけた司の言葉を遮る
途切れた言葉はたぶん・・・今1番聞きたい言葉
待ってろとひと言聞けたらきっと何年でも待つだろう



目の前に座るこの男を愛している世界中の誰よりも



心の奥に封じ込めた小さな自分が叫んでいるのがわかる
きっと司も同じ気持ちだと・・・疑った事なんか1度だってない
だからこそ言わなくちゃいけない




「4年だから待てたの・・・でももう無理疲れちゃった
 道明寺あたし達終わりにしよう」





信じられないものを見るような司の目つきに耐えられなくて
つくしは繋いだ手を振り解いて立ち上がった
震える手を握り締め辿りついたテラス先端、木製のフェンス越しに
下を見るとマンハッタンの街並みが広がっていた



「あたし達今まで何度ダメになりかけたじゃない?
 その度にあんたとの絆が深まっていくような気がしてたけど
 本当はただ縁がないだけじゃ・・」



「黙れ!!」




激しい怒号に続いて近づいてくる荒々しい足音
ビクッと背中を震わせたつくしは握り締めた手に力を込めた
すぐ後ろで足音が止まる、同時に片腕を力任せに引かれ
無理やり腕の中に引きずり込まれた

声を上げる間もなく乱暴に重なってきた唇
長い腕と温かい体に包まれ身動きできない状況でつくしは
体の奥底から激しく突き上げてくる気持ちを限界まで発揮した
意志の力で押さえ込み司を押し戻す






「いやだ止めて道明寺!もう決めたの・・・あんたとは別れるって」





司が好き、司が好き、誰よりも愛してる
だからこそ二重に司を縛り付けるわけにはいかない

司はロスマンとその娘に責任を感じている、たった1人の肉親
父親の不在は彼女を不安に陥れているはず

彼女はいずれ・・・近いうちに司を頼るようになる
その気持ちはいつか違うものに変わるかもしれない



その時まだロスマンが回復していなければ・・・

司にはさよならは言えない、さよならを言うのはあたしの役目




「嘘つくんじゃねえよ」


「嘘じゃない!!本気だよ」




急に司が手を離し支えを失った体はよろめきながら壁にぶつかって
止まった
体勢を立て直す前に伸びてきた2本の腕がつくしの逃げ道を塞ぐ


背後には壁、目の前には獰猛に口を歪めた司


目を閉じようとした瞬間数人の招待客がガヤガヤと話しながら
テラスに流れ込んで来るのが見えた
そのなかの1人が目ざとく司を見つけこちらに向かって歩いてくる


一瞬の隙を突いて腕の中から逃げ出したつくしの背中に司が叫ぶ





「牧野、俺は認めねえからな!!あとでお前の部屋に行く
 逃げんじゃねえぞ」







6.





開放してやるよ・・・


言い残し出て行った背中をあたしはきっと一生忘れない




ベッドの上にはきちんとたたまれたドレス

つくしの手の中には小さな箱に納まった煌く土星
肩身離さず身に付けていた土星ともこれでお別れ
そっと指で触れて重さを確かめる




さよなら・・・道明寺 
       これで本当にさよなら



鍵を掴んで部屋を出ると目の前の壁に寄りかかるように佇む類の姿があった
目が合うと無表情だった顔に優しい微笑が浮かぶ



「帰る?」


「うん」




あの時と同じ道明寺はNYに残りあたしは花沢類と日本に帰る
ねえ道明寺あんたもわかってたよね
だから花沢類と一緒に来いって言ったんだよね



空港に向かう車の窓からつくしは小さくなっていく
マンハッタンの街並みを無言で見つめていた
この街の全てを目に焼き付けようとしているかのように








2ヶ月後バイト帰りにコンビニに立ち寄ったつくしは

週刊誌の見出しで司がロスマン家の令嬢と結婚した事を知った










to be continued...
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