螺旋模様

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act.4

written by  鳥




7.





あれから季節は色を変え姿を変え、そよぐ風も匂いも日々変わり、
刻々と移ろい往く…。


目には見えない際立った変化はなくとも、

同じ日はもう二度と来ないのだと語りかけるかのように ――――。





今更…。


あの事故の日から、毎日のようにTVやマスコミが教えてくれた通りなのに…。


おじさん ―― フランク・ロスマン氏が道明寺を庇って事故に遭い、
結果ロスマン社が危うくなったことも…。


そのことに道明寺が責任を…罪の意識を感じたのは人間として当たり前の
ことなのに…。


きっといずれこうなってしまうって…、だから自ら別れを切り出したのに……。



なんで ――――。





週刊誌の表紙を飾るべく大きな見出し。


上品なブラックの有名デザイナーズタキシードに身を包み、ものの見事に
着こなしている司の腕に添えられている華奢な手は、上質なレースの手袋に
覆われ、その華奢な手の持ち主も司の着ているタキシードを引き立たせる
かのように夏らしくチュールオーガンジーを幾重にも重ねたふわふわと
軽やかに揺れるプリンセスラインドレスで同様のチュールをあしらった
ホルダーネックの真っ白なウェディングドレスを身に纏う。

その装いが、更に彼女の可愛らしい顔立ちの中にも綺麗な碧い瞳に
ブロンドの髪色、白色人種らしく透き通る白い肌と言った風貌容姿を
一際輝かせる。

そして、一層彼女を綺麗に見せたのはウェディングドレスではなく、
その表情 ――――
全ての喜びを表したかのように頬を薔薇色に染め、幸せそうに新郎の司へと
微笑む花嫁、ソフィア・ロスマン。


そんな二人の結婚式の写真が載っている表紙が視界に入った瞬間、7月と
いう暑い気候で汗ばんでいた体もすーっと汗が引き、全身に通う血が
引いてしまったかのように冷たく感じる…。

そんな自分は今どこにいるのか、そんなことさえわからなくなり、その
週刊誌の表紙を凝視したまま呆然と立ち尽くしていたつくしだった。





わかっていたのに、なんでこうも……。





自分で認識していたはずなのにという思いとは裏腹に、再起不能とも
思える程の痛みが胸の内に充満し、苦しいほどに感じてしまったことに
戸惑いを覚える…。

それは自分自身全く理解していなかったのだと気付いてしまったから。


どれぐらいそうしていたのか、自分では不明だったものの、いつまでも
このままコンビニに居ても仕方がないと、当初コンビニに寄った目的も忘れ、
ふらりと揺れる覚束ない足取りでコンビニの扉を後にしたつくし。


夜の帳がもう横行している現在、藍に染まった街を照らすのは外灯と、
建ち並ぶビルや店から洩れる灯りと、看板のネオン。


真っ直ぐ向いているように見える瞳だか、実際は何も映っておらず、
ただ無意識に歩いていたといった方がいいように思えるふらふらとした
足取りのつくし。



「あ…、ごめんなさい」


どんっという何かにぶつかった衝撃でようやくぼんやりとしていた顔を上げ、
小さい声で謝ったつくしだった。


「ねえちゃん、ゴメンじゃねーだろっ?どこ見てほっつき歩いてんだよっ!
 ジュースがこぼれちまったじゃねえかっ!」


そう言われて、あまり柄の良さそうとは思えない男二人組の内、自分が
ぶつかったと思える男の手元を見やれば、手に握られていたペットボトルから
液体がこぼれ、手を濡らしていた。


「あ、ぼんやりしてて本当に…」


「あーあ、お前服にもジュース零れちまってんぞ、可哀相に〜」


「げえっ、マジかよ?」


もう一人の男がわざとらしくも同情めいた一声に、その男も「あーあ」と
自分の汚れてしまったTシャツをピッと引っ張る。


「あの…」


「ねえちゃん、こいつの服汚れちまってるし、
 ゴメンじゃ済まされねえだろ、やっぱ」


親指で仲間のTシャツを指しつつ、にやけた笑いを含ませながら、つくしを
上から下まで値踏みするように見やった男。


「ク、、クリーニング代払いますから」


嫌な視線を投げつけられて、さすがにぼんやりしていたつくしも、マズイと
思ったのかそのまま足が一歩自然と後退さり、体も引き気味となる。


「いやいや、クリーニング代なんかよりちょっと俺らに付き合ってくれれば、
 なっ?」


「そうだな、俺もクリーニング代なんて言いたくねえし、その代わりって
 感じがいいな」


二人の男が顔を合わせ、ニヤリと厭らしい笑みを浮かべながら、つくしを
逃すまいと周りを囲み始めていた。







8.





「イヤですっ、放して下さいっ!放してって言ってるでしょ!」


「いいじゃねえか、ちょっと付き合ってくれって言ってるだけだろ?」


無理矢理つくしの腕を引っ張って連れて行こうとする男に抵抗するものの、
もう一人の男に背中を押されてしまい、少しずつだがずるずるっと
歩かされていたつくし。


「放してっ!」と声を出しつつも暗い路地裏へ連れて行かれようとしていた
その時だった。


「あんたら、嫌がってる女、どこ連れこもうとしてんだ?」


その声に「助けて!」と必死の形相で振り向いたつくしと足を止めた男たち。


「き、金さん?」


「!つくしんぼか?」


ちょうど出前の途中だったのか帰りだったのか、寿司桶を片手に上は法被と
いう姿の清之介だった。


つくしも清之介もこんな形でまたしても会うとは思っておらず、
びっくりまなことなる。


「てめえにはかんけーねーことだよっ!
 痛い目に遭いたくなかったら、さっさとどっか行けよっ!」


一人の男が清之介に怒鳴りつけるように言うと、驚いていた清之介も本気モードの
顔つきとなる。


「友達がどっか連れ込もうとされてんのに、そのまんま見過ごすわけねーだろがっ!」


そう言うが早いか、つくしの背中を押していた男の腕を捻り上げ、
投げ飛ばした清之介。


「何しやがる、てめえっ!」


投げ飛ばされた仲間を見て、つくしの腕を引っ張っていた男も負けじと怒鳴り
返すものの清之介が指をパキパキッと鳴らす姿を見て、少し怯む。

その瞬間、つくしも必死に逃げようとその男を突き飛ばすと、清之介の後ろへと
男たちから隠れるように駆け寄ったのであった。


「さあ、どーする?お友達と同じ運命辿りたきゃ、いくらでも相手してやるぜ」


清之介に挑発されるように言われるものの、一瞬にして仲間を投げ飛ばし、
今だうめき声を上げて寝転がってしまっている仲間をチラッと見てしまうと
さすがに分が悪いと感じたのか、「覚えてろよっ!」と捨て台詞を吐くと、
仲間を立ち上がらせ逃げていった男たち。


「大丈夫か?」


その様子を見ながら、もう大丈夫だろうというところで後ろを振り返った清之介。


「こ、、怖かった…」


今までの恐怖からようやく解放されてホッとしたのか、がくがくと震える足で
立つこともままならなかったのか、その場でへたり込んでしまっていた
つくしであった。







「大丈夫か?良かったよ、通りがかったのが俺で」


「ありがとう、金さん…」


あの後、へたり込んでしまったつくしを気遣うように立ち上がらせると、
とりあえずあの場から動いた方が安全だろうということで、少し離れた
公園の入り口傍にあったベンチに腰を下ろした二人。


「こうやって金さんに助けてもらったの二度目だね。あのまま連れ込まれて
 いたら今頃どうなっていたことか…。
 本当にごめんね、ありがとう」


つい先程の恐怖が蘇ってきたのか、ぶるっと震えて自分を抱え込むかのように
両腕を回したつくし。


「いいってことよ。それより大丈夫か?まだ震えてるみてえだし」


「…ううん、大丈夫。
 ちょっと寝不足でぼんやりしてたから、自分も悪かったんだし」


外灯のほのかな灯りの中、草むらの影に潜みながらもじーーっと鳴く虫たちの声を
バックに、少しの間言葉を途切らせた二人。


「…お前たちって…」


「えっ」と俯いていたつくしも顔を上げるものの、清之介もハッとして口を
途端に噤む。


「いやっ何でもねえよ、すまねえっ、聞き流してくれっ」





金さんも心配してくれてたんだ…。





頭を下げて必死に謝る清之介の様子に、あの報道の最中さなかきっと
自分を心配していてくれたんだろうなと思うと、ふと胸に温かいものが
込み上げるつくし…。


「…ごめんね…、せっかく金さんも応援してくれてたのにダメになっちゃって…」


顔を上げた清之介の瞳には、はらはらはらっと涙を零すつくしの哀しい面立ちが映る。


「つくし…」


「やっ、やだな〜。泣くつもりなんてなかったのに〜…」


恐怖から解き放たれたおかげなのか、それとも清之介との再会で気が緩んで
しまったのか、コンビニで見た時にはショックが大きくとももう泣くまいと
口唇を噛みしめ我慢してきたというのに、頬を伝う涙をごしごしっと
拭いながら涙を必死に止めようとしたつくしだった。


「泣きたい時は泣いちまえ。その方がすっきりするってぇもんよ、な」


つくしの頭に軽くポンと手を乗せると、優しい瞳を投げかけたままつくしの顔を
覗きこんだ清之介。

その瞬間、つくしの瞳は堰を切ったように止めどめなく涙を流し続けたのであった。



それからというもの、この再会を機に清之介から頼まれて清之介の勤める
寿司屋でのアルバイトを週末だけだったが手伝うようになったつくし。





こうして日々は巡り、時は往き過ぎていく…。










to be continued...
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