螺旋模様

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act.5

written by  鳥




9.





―― NY ――





「おめでとうございます。道明寺財閥に引き続き、ロスマン社の社長とは。
 大変だと思うが頑張って下さいよ。」


「いえ、まだまだ若輩者ですから。皆様のお力添えに支えられてやっていく
 立場なので、今後ともお力添え宜しくお願いします。」


固い握手を交わしつつ会釈しながら言葉を交わしていたのは、司と某大手企業の
社長であった。



道明寺財閥総帥を引き継いでつくしにも宣言したとおり、あの事故からちょうど
一年後の5月には事実上ロスマン社でのナンバー2の立場を獲得した司。

今日は、そのロスマン社社長就任披露パーティーを催していたのであった。


煌びやかなドレスやタキシードといった正装に身を包み、道明寺グループ、
そしてロスマン社との繋がりを少しでも多く持ちたいという企業トップの面々が
こぞって出席して、パーティー会場となったメープルホテルは大勢の人で
ごった返していた。

当然多くの日本企業も出席しており、その中には親たちから名代を受けてF3や
滋に桜子も出席していたのであった。



「やっぱ司には近づけねえな」


「仕方ないでしょ、あの状態じゃ」


「だな」


会場の後ろ隅の方から遠巻きに司の様子を見つめていたF3たちは、頷きあう。


「牧野先輩って、どこ行っちゃったんでしょうね…」


どこまでもスポットライトの当たる場所に居続けなければならない司、けれど
それが妙に色褪せて見えるのはやっぱり…と思いながら、そんな司に同情した瞳を
向けつつぽそりと呟いた桜子。


「あいつもどこ行っちまったんだか。すぐ姿消すの得意すぎるっつーの」


つくしの話が出た瞬間、総二郎が苛ついたようにふっと短い息を吐き出し、
眉を顰める。


「牧野明るく振舞ってたけど、痛々しかったよ、見てて…」


あのNYから戻って来た頃のことを思い出したのか、寂しそうに瞳を翳らせた類。

少しの間誰もが口を閉ざしてしまったが、ふいにもう一度「でも…」という
言葉が聞こえる。


「今強く生きようとしている様な気がする。
 だったら牧野、いつか戻って来るんじゃない?」


瞼を閉じたままつくしの雑草根性の再生を願い、口唇の端を片方だけ上げ
ふっと笑みを零した類であった。


「だと嬉しいんですけど」と言いながらも、いつもならもっとうるさく話す人が、
今日は不気味なくらい静かだということに気付いて、横を振り返った桜子。


「どーしたんですか、滋さん?元気ないですよ」


「あ、ううん、別に」


首を横に振るものの、やはりいつもの滋と違い精彩を欠いていた。


「俺らが来る前に食いすぎて気持ちわりいとか?」


「う、、うん、そーかもっ。ちょっと私化粧室行ってくる」


あきらの問いかけにも無理した笑顔で答えるものの、なぜかみんなと目を
合わせようとしなかった滋であった。


「もうっ、さっきあれだけ忠告したのに、バカ食いするからですよっ!
 滋さん、私もついて行きますって。大丈夫ですか?」


「ううん、大丈夫。一人で行ってこれる」


そう言うと、片手を上げて「じゃね」と早足で行ってしまった滋の後姿を
見送る桜子は、変だな?と思い首を傾げていた。





パウダールームとはいえ重厚な豪華な扉を閉めると、一般市民から見れば
普通の個室に見間違えてしまいそうなほどの大理石の床からモダンな壁、
そしてデザインの施された柱にドレッサーの上に豪華に飾られたいくつもの生花。

そんなことは当たり前の滋にとって驚くわけもなく、パウダールームの重い扉を
パタンと閉めるとホッとしたようにドレッサーの前の椅子に腰を下ろす。

それと共に後ろめたさからか、盛大なため息が口元をついて出てくる。





どうしよう…。


やっぱりつくしに会ったこと正直に…。


でも…。





少し前つくしに偶然会った時のことを思い返していた滋だったが、自分自身
つくしに抱いていた思いみたいなものがその時裏切られたそんな気持ちに
させられて、また憂鬱そうな表情を浮かべたのだった。







「あれ、滋じゃねーか」


パウダールームにずっと居ても仕方がないと、冴えない自分の顔に喝を入れると
みんなの元へ戻ろうとパウダールームの扉を開けて廊下に出たその時だった。

前方から声をかけられ俯いていた顔を上げれば滋の視界には、SPを引き連れた
司が立っていた。


「つっ、司…。あっ、言うの忘れてた。
 パパとママからの伝言『ロスマン社社長就任、おめでとう』だって」


ちょうどつくしのことを考えていた滋にとって、いきなりこんなところで
司と出くわしてしまったことで心臓が大きく踊ってしまう。

けれど、何とか平静を装いながら話した滋だった。


「ん、サンキュ」


「なかなか司に近付けなかったから、伝えるの遅くなっちゃったよ」


「あいつらも来てんだろ?」


幼馴染の竹馬の友、F3からも直前に連絡をもらってはいたが、時間に余裕が
なく直接話せぬまま、秘書から伝え聞いていた司だった。


「うん、来てるよ。私も今戻るところだから、一緒に行けばいーじゃん」


「いや、俺もトイレ行ったらまたすぐ他の挨拶回りに戻んなきゃいけねえし」


そう言うと後ろに居たSPに「すぐ戻るから先に行っててくれ」と指示を出して
SP達を下がらせた司。


「そっか、残念。会場の後ろの方に居るから、時間空いたら来てよ。
 みんなも会いたがってたしさ」


SP達が下がっていくのをチラッと見やりながらも、オーバーアクションでも
努めて明るく答える滋であった。


「じゃまた後でね」とパーティードレスをふわりと翻すと、司から離れかけた
のだが、すっと腕を引っ張られ、動きを止められてしまった滋。


「なっ、何?」


「滋、…あいつ、元気にしてるか…?」


小さい声で滋に耳打ちした司。

バッと振り返れば、ここ最近ビジネス社会で見せる表情とは違い、昔何度も
見たなと思い出す司のつくしへの想いが滲み出た優しい、そして心配する表情。

けれど、今の滋にとってそれは妙に神経に障るものであった。


「司はロスマン会長の令嬢と結婚したんだから、もうつくしのことは
 忘れなきゃダメだよ」


「別にいいじゃねえか。
 あいつが元気にしてるかどーか聞くのもいけねえっつーのか?」


司もカチンときたのか、顔つきが少し険しくなり、声も低くなる。


「つ、つくしは……。


 つくしは遠の昔に司のことなんて忘れてるっ!だって」


売り言葉に買い言葉ではないが、思わず出してしまった言葉を無いものにしようと
ハッとして災いの元を両手で押さえた滋だったが、時既に遅しであった。


「どういう意味だよ?」


滋の言葉により更に司の顔が険しくなり、真意を探らんと腕を掴み、
攻めたてるようににじり寄っていく司だった。







10.





―― 3ヶ月前 ――





もうすぐ春間近とはいえ、まだまだ寒い風が吹き荒む2月の半ば、滋は
とあるブランドショップへと入っていく。


「んー、男の子の赤ちゃんか〜。どんな服だと喜ぶのかな〜あの子の場合」


一人愚痴りながら、ベビー服を物色していた滋。

いとこの子に男の赤ちゃんが生まれたという知らせを聞いて、出産祝いにと
ベビー服とベビー用品でもプレゼントしようかと思っていたのだった。


「う〜ん、やっぱ桜子に付き合ってもらった方が良かったかな〜」


ベビー服を一枚一枚手に取り広げては、「う〜ん」と唸って首を傾げていた滋。

そんな時だった。


「おいっ、つくし〜。これなんかどうでい?」







一番奥の陳列棚の方で大きな声が聞こえた瞬間、思わず振り向いた滋。





つくし??





つくしが以前住んでいたアパートを引き払ってその後行方知れずとなった頃は夏。

みんなで必死に探していたのだったが、なかなか見つからず、今じゃ秋を
通り越して冬もそろそろ終わりをと言われる季節になっていた。


滋はその声に引き寄せられるように奥の方へと歩を進めば、旦那さんらしき男性と
奥さんであろうお腹が大きい妊婦さんの背中が目に入る。

どうやらヒラヒラしたレースのたくさんついたベビー服を見ているようだった。





なんだ、聞き間違いか〜。


つくしが妊婦さんの訳ないしっ。





そう思って踵を返しかけた瞬間、男性の方へと振り向いた妊婦の女性の横顔が
視界の端に入る。


「つっ、つくし??!!」


「!!滋…さん?」


滋の声に大きく反応して振り返った女性の顔は、紛れもなくつくしであった。

そして、その声に反応したのはすぐ隣りの男性も然り。


「…大河原か」


「!……天草、なんで…」


三人とも一様に驚き、それと共に気まずい雰囲気を隠せぬまま、呆然と
見つめ合う形になってしまったのだった。







「もう、赤ちゃんも生まれてると思う。
 4月の初めが予定日って言ってたから…」


滋が気を遣いながらも、司につくしと会ったことをぽつりぽつりと話し始めて
からというもの、司に至っては最初に「…うそ…だろ…」と呟いた言葉以外、
壁にもたれて座り込んだまま全く何も言わなくなってしまっていた…。


「…本当は誰にも言わず、このまま時が過ぎていけばいいのかなって思ってたの」


滋も俯き、前で合わせていた両手の指を所在なさげに見つめたまま、
言葉を紡いでいく。


「けど、司がつくしのこと聞いた瞬間、つくしは司と別れてすぐに出来ちゃった
 結婚しててもう司のこと全然過去にして前に進んでいっちゃってるのにって…。
 司だって、仕方ないとは言えもう結婚してるんだしって思って…」


「…」


「ねっ、もうつくしのことは忘れた方が司の為だよっ。そうでしょ?」


虚ろな瞳のまま、ふらりと立ち上がった司。


「…俺は…、

 あいつを忘れるかどうかは俺が決める。てめえの指図は受けねーよ」


「…つか…さ……」


ゆっくりと会場へと戻っていく司に、どう声をかけていいのかわからず、そのまま
闇を背負ってしまったような司の背中を見つめるしか出来なかった滋。





司…、あんたが一番辛いと思うけど、でも……。


私だって辛かったんだよ…。


つくしだけは……、


つくしだけは司のことを変わらずずっと好きでいてくれるって思っていたから…。





滋の中で、つくしと会った瞬間『許せない』という気持ちが湧いたのと同時に
『裏切り』という感覚を覚えた所以は、全てここから始まっていたのだった…。







「司、どうかしたの?顔色がすごく悪いわ」


会場に戻ってきた司にすぐ寄り添うように駆け寄ったのは、艶やかなロング
ドレスに身を包んだ司の妻ソフィア。


「…悪い。気分が優れないから、今日はもう帰らせてくれ。
 後の挨拶はお前に任したから」


「…ええ、わかったわ。今夜はどちらに?」


「仕事が残ってるから、このまま道明寺邸に戻る」


「無理だけはしないで下さいね」


綺麗な面影がふっと翳り寂しそうな表情のまま、それでも司を気遣うように
新妻らしく言葉をかけたソフィア。


口元を手で押さえたまま青ざめた顔でソフィアに二言三言言うと、そのまま
静かにパーティー会場を後にした司だった。


当然F3や滋や桜子たちには、会うこともせず…。



そしてパーティー会場の柱の影で、司とソフィアに不審な視線を投げつけたまま
じっと見つめる男がいたのも気付かぬまま…。


正気の沙汰を保っていることが出来なかった司では、気付かないのも
無理からぬことではあったが。







「ただいま、お父様」


立派な個室の大きなベッドに横たわるフランク・ロスマンの傍へと静かに歩み
寄ると椅子にそっと腰を下ろしたソフィア。

何も返事が返ってこないとわかっていても、声をかけずにはいられない…。


父親が事故に遭って以来、ロスマン社が危うくなり今まで父の仕事を手伝う気も
なかったソフィアだったがさすがに重い腰を上げる羽目になったというより、
彼女の意識の中で『私が父を助けなくては』という思いが芽生えたというのが
事実であろう。

元々ソフィアという名前の由来は、ギリシャ神話に出てくるソフィアという名の
女神から取ったものだと父から聞かされていた。



『ソフィア知っているかい?ギリシャ神話に出てくるソフィアという名の女神は、
 【知を愛する】【叡智】の象徴なんだそうだ。
 だから私はお前にソフィアという名を付けた。
 ソフィア、お前ならきっとこの名の通り、知を愛しこの代々続くロスマン家を
 さらなる繁栄へと導いていってくれるだろう。
 期待してるよ、我が愛する娘、ソフィアよ。』



小さい頃から多忙な父がたまに遊んでくれると、最後は必ず膝の上で
抱っこしてもらいながら、頭上で響く優しい父の声を聞いていたのだった…。


まだ司の力も借りての状況だったが、やはりソフィアの名の由来通りかなりIQが
高かったおかげで、通常の人とは違い凄まじいスピードで経営という仕事を
覚え吸収していったのだった。


毎日が目まぐるしいスピードで過ぎていく中、必ず一日一度は父の元へ訪れては
声をかけ続けていたソフィア。


つい半年前、ようやく意識が目覚めたのも束の間、また意識が混濁して昏睡。
そしてまた覚醒、混濁、昏睡を繰り返していたフランク・ロスマン氏。


けれど少しずつだが意識レベルが段々上がってきていると言われ、ソフィアも
更なる希望を持って少しでも早く治ってと声をかけ続けてきたのだったが、
今日だけは様相が違っていた。


「…お父様、私どうしたらいいの…?」


父親の点滴をされていない手を握り、瞼を閉じながら自分の頬にあてていたソフィア。

そんなソフィアの瞳から一筋の雫がこぼれ落ち、フランク・ロスマン氏の手も
少し濡らす…。





お父様には早く治ってほしいのに…。


けどお父様が治ったら、あの人はきっと私の元を去ってしまう……。


お父様、早く治ってほしいのに…、

もう少しこのままでいてって思ってしまった馬鹿な娘を許して…。



ごめんなさい…、お父様……。





フランク・ロスマン氏は娘の心の声が伝わるのか、静かに眠り続けていた。







11.





電話の音が鳴り響き、受話器を取れば威勢の良い快活な声が耳に入ってくる。



     「大将っ!生まれたっ、無事赤ん坊生まれぜっ!!」



「そうか、良かったな〜〜」


そう相槌打つのは、清之介が勤める寿司屋の大将であった。


「いや、つくしちゃんも大仕事した後だっ。もう少し付き添ってやれ。
 おめえが心配しなくっても、こっちはでーじょうぶだからよっ」


少し会話をした後、この言葉を機に受話器を下ろした大将。

ホッとしたように受話器を見ていた大将だったが、清之介が遅れてくることを
踏まえて仕込みに取りかかろうと踵を返す。



「…そうか、女の子だったか。女の子なら……」



自分しかいない店内で、一人納得したように顎を摘まむように手をやりながら、
白髪混じりの短く生えている顎ひげのざらざらした感触を指先で触りながら
呟く大将であった。





桜はすで散ってしまってそろそろ新緑へと変わりつつあったある日、
空が夕陽色に染まりきった頃、予定日より10日遅れてこの世に誕生した
赤ちゃんは、『天草 美夕(みゆ)』と名付けられた。







この人間模様を奥底から楽しみ嘲笑い続ける狂気は、不協和音を奏でながら
運命盤を回す。



         もっともっと苦しみ続けるが良いと ――――。










to be continued...
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