螺旋模様

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act.10

written by  なお*なお




22.





「あ〜む〜。ぱっ。ぱっ」

「美夕は、おしゃべりじょうすね〜」

背中で幼子が小さな手をバタバタさせながら、「ぱっ。ぱっ」と返事を返すかのように口を開ける。

「だんだん日差しが強くなって来たね〜。美夕は暑くないかな〜?」

あたしは、ほうきとちりとりを持って、店の前を掃除している。
ここは11時半に開店するから、大将たちが仕入れや仕込みの準備をしている間に、
来てくれるお客さんに快適に過ごせるようにと、店の中や外を掃除するのはあたしの仕事。

美夕が3ヶ月を過ぎて、首がしっかり据わるようになって来てからは、
なるべくおんぶをして仕事をするようにしている。

この前の事件があってから、女将さんは責任を感じて落ち込んでしまって、
しばらく寝込んでしまった。
あたしの子どもの事なのに、あたしの責任なのに、女将さんは何も悪く無いのに…。
そう思うと、申し訳なくて、いたたまれなかった。

美夕は、産まれた時と比べると体重が2倍以上になっている。
どんどん体重が増えて来て、おんぶすると肩や腰も辛くなってきたけど、
女将さんに余計な心配や神経を使わせるよりは、この方がずっといい。

掃除の仕上げに打ち水をして、閉まっておいた電光の看板を出す。

「それに美夕も、ママと一緒の方がいいよね〜」

あたしは振り返って背中の我が子を見ながら、美夕のお尻をポンポンと叩く。
美夕は「あ〜、あ〜」と返す。
その声がまるで歌っているように聞こえて、あたしまで楽しくなる。
子どもは可愛い。本当に可愛い。
だから、ちゃんと守らなくっちゃ。
この子の母親は、世界でたった一人。あたししかいないんだから。

「大将、表の掃除終りました」

「おう、つくしちゃん、ご苦労さん。
 もう、のれん出しといてもらおうかな」

大将が袂から手ぬぐいを出すと、器用にくるくると縒りを作って、
頭に巻いて、ねじりはちまきにする。

「はい。今すぐ」

あたしは店の入り口の中にかかっていたのれんを手に取ると、
店の外に出る。

この前みたいなことは絶対に起こらせない。
1秒だって美夕を離したくはない。

だって、この子は…あたしのたった一つの宝物だから。







23.





「どう…思われますか?」

目の前の男が、私のデスクに乗りかかりながら、
天井に向かってゆっくりと紫煙を吐き出し、問いかける。

なんて態度の悪い男なのだろうか。
自分の立場が、上だとでも思っているのだろうか?
やはり、部屋に通したのは失敗だった。
こういったのは、はなから相手にしないと昔から決めていたのに。
彼女の名前に反応してしまった自分が迂闊だった。

こんな事でもなかったら、自分のオフィスとはいえ、
この男と1秒だって同じ場所になど居たく無い。
心の中で軽く毒付きながら、それでも表情を変えず言い返す。

「この書類を見て?あなたが言いたい事は大体分かりましたけど、
 こんな信憑性の欠ける情報を見せられたって、
 どうして貴方に1千万も渡さなくてはいけないのか、
 私には理解出来なくてよ」

「はっ、まさかこれが全部でっち上げられた真っ赤な嘘とでもお思いで?」

「もちろんそう思いますわ。現に彼女は正式に結婚されていて、
 その赤子だって、戸籍上正式な夫婦と、その間の子ではありませんか。
 自分の子どもじゃない子を認知するなんて、普通の方なら致しませんわ」

私は枚数にして10枚ほどの書類を無造作にテーブルに広げる。

「普通ね…。でも私なんかから見たら、全然普通じゃないですよ。
 この天草清之助ってもの。おたくの坊ちゃんも」

くわえ煙草をしながら書類の一枚を手に取り、ピンと指先で弾く。

「本当に失礼な方ね。これ以上は時間の無駄ですわ。
 どうぞ、御引き取り願います。」

チラッと一瞥すると、散らばった書類をデスクの隅に押しやり、
眼鏡をかけて本日決済の書類を出して、目を通す。

「ちょっと待って下さいよ」

男が慌てた様子で、デスクの上にある灰皿に煙草を押し付ける。

「西田!」

ドアの方に向かって叫ぶと、西田と共に数名のSPがこの部屋に入って来た。

「この方に御引き取り願って頂戴」

「はい。では、こちらへ」

決して固く無い声とは裏腹に、西田は男の腕を強引に掴んでSPに渡す。

「社長!どうしても信じられないっていうなら、
 おたくの坊ちゃんとその赤ん坊の鑑定をするといい。
 今は唾液さえ手に入れば、すぐに鑑定できますからね。
 いいお返事、御待ちしてますよ!」

吐き捨てるように叫ぶと、男はSPに両腕を抱えられるようにして出て行った。

鑑定?誰がそんなことするものですか。
急に腹立だしくなってきて、手元の書類を乱暴にデスクに叩き付ける。
そして、眼鏡を外して両手で顔を覆うと、
肘をついて両手を組み合わせ額に当てた。
そして、大きく息を吐き出す。
あの日感じた憤りを、体から吐き出してしまうかのように。

思い出すのは、一年以上も前の事。
あの日まで、二人の交際は順調だとの報告を受けていた。

夫も私も、二人が結婚したいと言ったら、
決して反対しないと了解し合っていたのに、
司が「結婚する」と連れて来た女性は、自分が思い描いていた女性とは、
思い切りかけ離れていた。

4年前の自分なら、諸手を上げて賛成しただろう。
なにせ、相手の女性は道明寺家にとって、家柄も教養も申し分無いのだから。

表情にこそ出さなかったが、内心では心底驚いて、
「これでいいのか」という視線を司に向けて投げたけれど、
何もかもを諦めたような司の目をみて、「反対などしなくてよ」という言葉が
口をついて出た。

この台詞は、本当は彼女に言ってあげたかったのだけれど。

それと同時に、彼女から別れを切り出したのだと言う事を知った。
どうしてこんな事に…と彼女に対して無償に腹が立ったし、幻滅した。
あれほどこの私を振り回しておきながら、所詮、その程度だったのかと。

今さらどうして、自分から彼女に関わらなくてはいけないのか。
これからだって、一切関わるつもりもない。

そう思い切ると、隅に追いやっていた書類を乱暴にまとめて、
デスクの横のゴミ箱に捨てた。

ふと、さっきの男性が残して行った灰皿の上の吸い殻が目に入る。

それを見ながら私は、そういえば司も煙草を吸っていたわね…
と、漠然とそんなことを考えていた。










to be continued...
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