螺旋模様

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act.12

written by  みや




26.





週末でもないのに店は大忙しだった、午後のれんを出した途端
切羽詰まった顔で駆け込んできた50代くらいの男性
急に取引先を接待することになったので席の確保と料理を頼みたいと言う


宴会の場合は仕入れの準備もあるので前日までの予約にしているのだが
人のいい大将とこれまた困ってる人間をほっとけない清之介のこと
胸を叩いて男の願いを聞き入れた


引き受けたはいいがそれからがもう大変、大将が仕込みをしている間
清之介は足りないものを調達に走り、つくしと女将の2人が掃除を担当
怒涛の数時間を経て今座敷は大いに盛り上がっている


洗い物を片付け終わったつくしは腰に手をあてると背中を逸らし
凝り固まった肩を片方ずつグルリと回した
ずっと美夕を背負ったままだったので肩も腰もパンパンだった



「つくしちゃんもう大丈夫だ、適当なところで上がって休みな」

「はい」


働く事は苦にならない、けれど流石にクタクタだったし
小さな美夕をいつまでも起こしておくわけにはいかない
大将の心遣いに感謝しながらつくしは笑顔で答えた



「すみませんビール追加お願いします」

「何本お持ちしますか」

「3本くらい持ってきて」


冷蔵庫からよく冷えたビールのビンを3本取り出してお盆にのせる
さっきまでせっせと料理を運んでいた女将さんは少なくなった
氷を買いに近くのコンビニに行って不在
大将も清之介もメインになる寿司を握るのに忙しい
つくしはお盆を持ち直すと自分で座敷にビールを運んでいった



「ビールお待たせしました」



8畳の和室をあけると中はお酒匂いと人いきれでむっとしていた
ビールを配ったつくしは窓際に行って障子と窓を少しずつ開ける
必然的に和室に背中を向けた形になり、背負われた美夕に気づいた
年配の客が相好を崩して近づいてきた


「お子さんですか今何ヶ月ですか?」

「3ヶ月になったところです」

「実は私も娘に子供が生まれたところでね
 今4ヶ月だったかな?いや〜ホントにかわいいね」


男性が手を伸ばした瞬間それまで大人しく寝ていた美夕が
突然大声を上げて泣き出した
つくしは謝り続ける男性に気にしないで下さいと言い残すと
泣き止まない美夕をあやしながら裏口から外に急ぐ


扉を抜けすっかり陽も落ちて暗くなった裏路地に出ると先ほどまでの
喧騒が嘘のように静かだった
泣き続ける美夕の体を背中から下ろし抱きかかえると左右に揺すり
ながら軽くお尻を叩いて小さな声で宥めてやる
繰り返すうちに泣き声がしゃくり声にそして静かな寝息に変わっていった

美夕が呼吸をするたびにほんのり香る赤ん坊特有の甘いミルクの香り
小さな拳をぎゅっと握ったまま、全身を預け安心しきって眠る
愛おしい娘の姿に母としての幸せを噛み締めながら見とれていた
つくしは扉が開く音に気づき顔を上げた




「大丈夫か?」

「あっ金さんうん・・・寝ちゃった」



割烹着姿のままの清之介が美夕の顔を覗き込む
泣きじゃくったせいで美夕の額には巻き毛が数本汗で張り付いていた
清之介の長く器用な指がそっと髪をつまみ優しく後ろに撫で付ける

寄り添う3人の姿はまさに幸せな家族の姿そのもの
しかしその幸せに影が近づいているのをまだ2人は知らない







人気がなくなった夜のロビーに響く足音
動き出したエレベーターのランプは最上階まで行って止まった
静かなフロアに到着を知らせるベルが鳴り響き
エレベーターから1人の男が降り立った
緊張した面持ちの男を待ち構えていたのはスーツ姿の男

男の先導で開かれたドアの奥にはこの部屋の主道明寺楓と
その息子で道明寺財閥総帥道明寺司がいて
同時に2人の視線を受け止めた男は背中に嫌な汗が流れるのを感じた

急いでポケットから取り出したハンカチをスーツの男に渡すと
その男が2人の前まで運んでいき慎重にそれを開いてみせる
出てきたのは柔らかなカーブを描く髪の毛が2本


「西田手配は」

「済んでおります」







27.





NY郊外の総合病院、緑に囲まれた特別棟の一角中でも
中庭を見下ろせる好位置にフランク・ロスマンの病室はあった

運び込まれた使い慣れたベットに今も横たわったままの
ロスマン氏の枕元には色鮮やかなバラの花が咲き誇り
濃密な香りを部屋いっぱいに漂わせている


「ただいまお父様」


夕方父の枕元に座り手を握り話しかける
これはソフィアにとって1日の最後を締めくくる儀式のようなもの
温かく大きなロスマンの手は安心と安らぎを与えてくれる


ソフィアはロスマンの手を両手で包み込み頭を垂れて
祈りの言葉を唱える


「お父様早く目を覚まして私を・・・助けて」


ドアの影で息を潜めてその光景を見つめていた2つの青い瞳
ロスマン社の元社長で現在は支社の社長を勤めるデニス・スタントン
彼は静かにドアを閉めると改めてノックしてそしてドアを開けた


「デニスさん来て下さったのね」

「ご無沙汰して申し訳ありません」


謝罪を口にしたデニスにソフィアは笑顔で首を振ってみせる
ロスマン氏が健在だった頃デニスはいつも影のように彼に
付き従っていた
よって必然的にソフィアもデニスと顔を合わせることが多く
2人は旧知の間柄


ソフィアは付き添いの看護師にロスマンのことを頼み
病室の隣に設けられた応接室にデニスを通すと手際よく
コーヒーメーカーをセットして括り付けの棚から取り出した
2客のカップをテーブルの上に並べた


「お元気でしたか?」

「はいおかげ様で・・・ソフィア様は少しお痩せになりましたね」


首を振って否定してもコーヒーを注ぐ白い腕の細さは隠せない
ソフィアの結婚が会社を守るためだと言う事はロスマンの社の
社員で知らない者はいない、知らない者はいないが口にする者も
またいない

そしてもうひとつ影で囁かれる噂がある

彼女の夫、道明寺司には他に女がいる
他の女を思い続ける夫を持ったソフィアは不幸だと


いつかこの手に掴みたかったものはロスマン社の富と権力
そして若く美しいこの女性
どちらが本当に欲しかったものなのか自分でもわからない
ならば両方取り戻せばいい
デニスは身を乗り出すとソフィアの細い腕を掴んだ


「ソフィア様、今お幸せですか?私は・・・」


自分の腕を易々と掴んでしまう浅黒く大きな手
熱っぽい視線にソフィアは体の奥が熱くなっていくのを感じていた










to be continued...
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