螺旋模様

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act.13

written by  鳥




28.





緊張感が漂う道明寺財閥日本支社会長室。

そのピリピリした空気を醸し出し、その中で対峙するかのようにいたのは
言わずと知れた道明寺 楓と司、その二人であった。


「これが結果よ」


数枚の書類が閉じられたファイルを、対面のソファに座る司の瞳を
見据えたままスッと差し出した楓。

そんな楓を一度は鋭い目で見返すものの、すぐさまファイルを開きながら
視線を落とした司だった。


静寂の中、ペラッ…ペラッ…と書類がめくられていく音だけが響き、
そんな様子の我が息子を厳しい面持ちのまま見つめていた楓。

楓を気にすることもなくというよりは全てはファイルへと全神経が注がれていた
司だったが、最後のページを見た瞬間、司の目が大きく見開かれ、ファイルを
持つ手にも自然と力が入っていく…。


あの捨てられていた記事を見てから、もしかしたら…という思いが拭いきれず、
己の馬鹿さ加減に腹を立て始めていた司。


最後のページに書かれている文は本当なのか、自分の解釈は合っているのかと
問うように顔を上げ、そのまま前に座る楓を見返した司だった。



    「父性確率は99.9999%。
     科学的なDNA分析の結果、生物学的には親子関係である
     可能性はかなり高いと思われる」



暗記してしまったかのように、報告書の最後の文を冷静にもう一度司に
伝えるべく言い上げた楓。





俺は…



正真正銘の馬鹿じゃねえか ――――。





「…彼女は貴方の子供を産んでいたのね…。
 牧野さん…いえつくしさんらしいかもしれないわね、この選択は…」


ふっと軽く息を吐くと苦渋に満ちた司から視線を逸らすと、司とつくしの
間を妨害していた頃を思い出したのか先程とは違い、少し憐憫の情を
持った声を漏らす。


「…」





…あいつが俺と別れて他の男とすぐどーかなるなんて

有り得ねえことぐらいわかっていたはずなのに…。



よその男の子供を孕むなんて考えられねーのに…。



一番あいつのことわかっていたのは、俺のはずなのに…。





楓に最後通告かのように言われた瞬間、やっぱり間違っていないのだと
いう思いと何故滋からつくしの話を聞いた時に、この考えに及ばなかったのか、
そして自分の想いが故の行為によってつくしをまた苦しませてしまったのだと
思うと、己に対して腹立たしいやら悔しさやら歯痒さ、そして悔恨を感じて
攻め続けるしかなかった司であった。





なんでわかってねーんだよっ、



俺はっ ――――。





無言の時を苦にも思わず、双方何かを考えている様子でしばしそのまま
時間を刻む秒針の音だけが響いていたその時だった。

拳を握り締めすっくと立ち上がると、何かを決断したかのように
無言のまま立ち上がった司。


「司さん、どこへ行くおつもり?」


そんな司に対して、顔だけを少し上げて鋭い視線を送りつつ問いかけた楓。


「…あいつに…、会ってくる」


案の定の答えにふうっと息を吐いてしまうと、再び辛辣な言葉を
口にしたのだった。


「勘違いしてもらっても困るわ。
 私がDNA鑑定を依頼したのは、貴方とつくしさんをどうにかしようと
 思ってやった訳ではなくってよ」


「じゃあ何の為のDNA鑑定だっつーんだよ?」


瞬間司の表情は険しくなり、腕を組んだままの鉄の女を睨みつけた司。


「前にも言ったとおり、全ては道明寺家の為よ。
 貴方の…、道明寺家の血を引く子がいるかいないかでは大きな違いに
 なってよ。貴方の子であるということが事実か否か、真実は知っておく
 必要性があってやったこと。何かの際にはすぐ対処出来るように…ね」


一息入れるために一旦言葉を切ると司の方を見上げ、冷たい視線をチラリと
送るとさらに冷たい一言を発した楓。


「母親と子供を引き取る為のDNA鑑定ではないってことよ、司さん」


けれどそんな言い分を聞き入れるはずもなく、激昂した司。


「俺の子だって証明されたんだろっ!
 なんでこのままほっとかなきゃいけねーんだよっ!牧野だって…」


パン!と司の言葉を遮るようにファイルで机を叩いた楓。


「冷静になりなさい、司。
 貴方が自分自身で今の伴侶、ソフィアさんを選んだはずです。
 そして彼女…、つくしさん自身も天草 清之介さんを伴侶に選んだのですよ。
 貴方の身勝手な行動が、この道明寺財閥引いてはロスマン社に悪しき影響を
 及ぼすってことぐらいわかっているでしょう。それに…」


我が息子を戒めるように厳しい言葉が一瞬途切れ、口を噤んでしまった
楓だったが、ふとほつれかけた髪を掻きあげると、また口を開く。


「…それに彼女のささやかな生活を脅かすような真似は、昔ならいざ知らず
 今の貴方とて本意ではないでしょう」


「…」


何も言えなくなってしまった司に畳み掛けるように、さらに話し続けた楓。


「貴方が結婚を決めたことは、責任を取った上でのことぐらいこちらとて
 重々承知しているわ。だったら、その責任を全うすることを最優先に
 考えなさい。
 藪をつついてわざわざ混乱を招かなくとも、貴方は今ある伴侶との間で
 跡継ぎを作れば何も問題ないはずですよ。

 …もう一度、大人として貴方自身の立場をわきまえるのね、司」


楓からピシャリと言われてしまった冷たくも常識めいた言葉が司の心に重く
圧し掛かり、そして自分の左手薬指にはめられているマリッジリングが
足枷か手錠のように思え重たく感じる司…。





わかっているさ、それぐらい…。




どうしようもならないのだと理解していても、何とかできないものかとも思う
己の心中はジレンマに陥り、このどうしようもない盤根錯節を断ち切る術も
暗闇に呑み込まれてしまっている今、苦しみ喘ぐことしか出来ないのかと
口唇を噛みしめ立ち竦んでしまっていた司だった。







29.





ふうっ、疲れた…。





司が日本に帰国している間、余所余所しいNYの道明寺邸に戻るのも億劫だった
ソフィアは、住み慣れたロスマン家の屋敷へと帰って来ていた。

ソフィアが自室に戻ると、戦闘服とも言えるの少しピシッとしたスーツの
ジャケットを脱ぐと、ようやく肩の荷が少し軽くなったのを感じてか
ほうっと息を吐くとソファに腰を下ろし身を預ける。

女でもう一つ言えば会長の娘という甘えた立場、傍から見れば今更娘の
貴女が経営に口を出してこなくともという重役たちの冷たい目を
払拭するためにも、本来元々ソフィアの趣味ではないオーダーメイド
スーツに身を固め、毎日父の為、ロスマン社の為にと少しでも経営を覚えて
いずれは自分が長に立ってやっていかなくてはと、詰め込めれるだけ詰め込み、
日々仕事に没頭する日々であった。

仕事という戦場から一時離れる儀式かのように瞼を閉じれば、ほんの束の間
だったが何にも囚われない安息の時へとトリップしていったソフィア。


けれどそんな唯一の束の間を邪魔するように、携帯電話がメールの着信を
知らせるための音を響かせる。


綺麗な弓形のラインの眉を片方だけピクリと上げ、やれやれと安息の時から
現実に戻るように目を開けたソフィアは立ち上がると、バッグに入っている
携帯電話を手に取る。


メールを読んだ瞬間、先程の鬱屈したような気分はいつの間にかどこかへ
追いやられ、次は少しだけ胸が高揚したというよりも罪悪のせいなのか、
脈を打つ音が妙にドクンドクンと自分の胸で響く。


携帯画面を見つめながら、ふと先日夜のことを思い出していた
ソフィアだった…。







デザイナーズホテルらしくシンプルだがモダンでお洒落にまとまっている
デュピレックス・スイートルームのベッドの上で、真っ白で滑らかな肌を
隠すようにシーツを纏いながらブロンドの綺麗な長い髪をシーツの上で
泳がせて、心地良い気だるさを感じつつまどろんでいたソフィア。

その横では同様に気だるさを楽しむかのように、サイドランプのほのかな
灯りの下、裸身をうつ伏せにして煙草の煙を噴かしていたデニスであった。


「デニス、その煙草匂いがきついわね、以前から思っていたけれど」


「ああ、すまないソフィア。
 昔はそうでもなかったんだが今じゃ軽いのは吸った気がしなくてね。
 煙たかったかい?」


「いいえ、大丈夫よ」


煙が上へと昇っていくさまを目で追いながらも、触れるデニスの身体の
体温を感じていたソフィアだった。


「…ねえ、デニス…私はこれからどうすればいいの?
 今司はNYにいないからいいけれど、いつかバレてしまう気がするわ…」


きゅっと灰皿の上で煙草を揉み消すと、ふっと微笑みを浮かべたデニスは、
心配ないよと言わんばかりにソフィアの額へと口唇を落とす。


「大丈夫だ。冷たいことを言ってしまうけれど、彼は…、道明寺 司は
 残念ながら君という妻には興味を持っていない。それに…」


いきなり口を閉ざしてしまったデニスに、部屋の天井を見つめていた
ソフィアは顔を横に向け、デニスの青い瞳を不安そうに見つめる。


「それに?」


デニスも不安げなソフィアの瞳を一瞥するものの、そのまままた壁へと
視線を戻す。


「それに彼にはどうやら隠し子がいるという噂だ」


「!何言っているのデニス?
 そんな話聞いたことないわっ、私は!」


驚きを隠せないまま、思わず胸元でシーツを抑えたまま上半身を起こすと、
非難するように声を発したソフィア。


そんなソフィアに同情したかのように、頬杖をつきながら体を横へと向けると
憐れみの目で見つめ返す。


「そ、そんな話…聞いたこと…ない」


デニスの憐れみ深い瞳が肯定を物語っているのだと悟った瞬間、シーツを握り
締める手にもぎゅっと力が入り、それでも声を震わせて反論したソフィアだった。


「…ソフィア、彼が何故君と結婚したか知っているかい?」


「それは…、お父様があんな事故に遭ってしまって責任を感じたからでしょう。
 そのぐらいわかっているわ」


デニスの憐れむ瞳から耐えかねたように、少し斜め下へと視線をたがえつつ
小さい声で答えると、ふうっとため息の洩れる音がする。


「ソフィア、君に同情するよ」


ため息混じりに呟いたデニスの言葉に、少し首を傾げたまま眉を顰めて
碧い瞳には不審の色を滲ませていたソフィアだった。










to be continued...
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