螺旋模様

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act.14

written by  鳥




30.





「じゃあ司がロスマン社を手に入れるために、お父様を狙ったって言うの?」


デュピレックス・スイートルームのベッドルームから降りて下の階の
リビングルームでローブを羽織った男はソファに座り、一方こちらも
ローブを羽織った女は落ち着かないのか、ソファから立ち上がって
うろうろと歩き始めていた。


「ロスマン社内ではそういう噂がまことしめやかに伝わっているよ。
 会長の令嬢で道明寺 司と結婚した君の耳に入れるヤツなんて
 到底いないだろうが」


「でもっ…」


「ソフィア、よく聞いて欲しいんだ」


落ち着かない様子でうろうろとソファ周辺を歩き始めたソフィアを宥める
ようにそっと肩を抱くと、ソファヘ腰を下ろすようにと促したデニス。

そしてソフィアを落ち着かせるようにと、優しいブルーアイズを覗かせる。


「よく考えてごらん。道明寺 司には隠し子がいる。そしてロスマン家の
 令嬢である妻、君には全く興味を示さない。いずれこのままいけば、
 道明寺家の血を継ぐ者はこの隠し子がいるから大丈夫なのかもしれないが、
 ロスマン家の血はどうだろう?
 君が子供を産まない限り、ロスマン家の血はいずれ絶えてしまうって
 ことじゃないか?
 君が唯一のロスマン家の血を受け継ぐ娘なのだから」


「…」


痛いところを突かれたというのもあったが、たった一度だけだったが司の
非情なまでの夜の営みを思い出してソフィアの表情も曇る。


「もし君がこのまま子供を産まず、寿命を全うしたらいずれは道明寺財閥に
 ロスマン社は吸収されていってしまうだろう。正当な跡継ぎがいないって
 ことも大きいが、今じゃ道明寺 司がロスマン社社長も兼任しているの
 だからね。君が寿命を全うするまでもなく吸収され乗っ取られる公算が大だ」


「!そんな…」


両手を口元で押さえて、悲痛な面持ちでデニスを見つめ返したソフィア。


「じゃあどうすれば…」


「いい考えがある」





あの時、デニスの青い瞳が薄暗い光を放った気がしたのは
私の気のせいなのだろうか?





けれど、デニスの言うことももっともな気がして、ソフィアはまた深く深く
ため息をついたのだった。


携帯電話のメールを短く打ち返すと、すぐさま返信したソフィア。

そうして戦闘服であるスーツを全て脱ぎ捨てると、クローゼットから黒の
膝丈のリゾートワンピースを取り出し、すぐさまそれに着替え始める。

「ごめんなさい、車を用意して頂戴」と内線電話で告げると、上に黒の
カジュアルジャケットを羽織り、小さいバッグを手に持つと颯爽と部屋を
出て行ったソフィア。





私が司の血を引く子供を産むなんて…、

きっと無理…。



だって司は…、

私を見ていないのだから。



結局は、ロスマン家の血を絶やさないように、私が誰の子でもいいから

産めばいいってことなのかしら…。



デニスの言うとおり、ロスマン家の血を継いでいるっていうことには

変わりないのだし…。





「ソフィア様、どちらへ向かえばよろしいでしょうか?」


運転手の言葉にハッとして、顔を上げたソフィア。


「ごめんなさい、夜遅く申し訳ないけれど、ミッドタウンの
 56thストリートまでお願いしていいかしら」


「はい、かしこまりました」という運転手の声と共に、静かに車が走り出す。


長いブロンドの髪の毛を耳の後ろにかけながら、黒の服を身に纏ったのは
夜の闇に溶け込むようにと心のどこかで密かに願ったからかもしれないと
思ったソフィア。

それと同時にソフィアの脳裏には、デニスとのあの時のやり取りが蘇ってくる…。





「どうしても君が道明寺 司の妻の座にいたいのであれば、二人の間で
 正統な跡取りを作ればいいだけのこと。
 そうでなければもし会長に万が一のことがあれば渡りに船とばかりに
 彼は君を追い出すだろう。
 だって彼には自分の血を引き継ぐ者がいるのだからね。
 あともう一つは…」


「あともう一つ?」


ごくりと息を呑みながら、デニスの次なる言葉を待ったソフィア。


「そうだ、あともう一つの方法。
 それは彼以外の子供を身籠ってでも、ロスマン家の血を継ぐ者を
 この世へ誕生させる。そうすれば、もし道明寺 司の子でないと
 わかったところでロスマン家もロスマン社も安泰だよ。」


「そ…んな…」


「二者択一だよ。
 いずれにせよ、ロスマン家やロスマン社のためにもそうだが、君自身の
 為にもその隠し子は亡き者にしておいた方が安心だろうがね」


デニスの言葉に恐ろしさを感じて脈は早鐘のように打ち、どくどくと勢いよく
流れ始めた体中の血は、更にソフィアを冷静にさせるどころか困惑へと
追い討ちをかけていた。





司が私を見ていないことなんて十分わかっていたのに…。



諦めていたつもりだったけど、こうも他人から指摘されることが

辛いなんて思いにもよらなかったわ…。





事実を突き付けられ落胆する自分が存在したのに気付いた瞬間、
まだどこかで司がいつか自分へ振り向いてくれる日が来るのでは
ないかと信じていたということを知ってしまったというのが
ショックとも言えた。





司は本当に…、


あの人の言うとおり、ロスマン社が目的で私と結婚したのかしら?


その為にお父様まで狙っ……て?





ぼんやりと夜のマンハッタンの流れゆく街の景色を車の中から見つめながら、
何故司を信じている自分がいるのかと、過去の記憶へと遡り始める。





あのお父様でさえ、司のことはベタ褒めだったのに…。


私だって何度か食事を同席させてもらったけれど、

そんな風には見えなかった…。





だからなのかしら?と首を傾げるものの、デニスの言うとおり司の冷たさを
感じたことも現実にあって、実際何を信じていいのかわからなかったソフィア。


ただ、もう一度司に抱かれたいか?と聞かれれば当然思うはずも無く、
あんな酷い抱かれ方をして、挙句の果てには知らないの女の名前を
呼び続けられ、目が覚めれば無情にも自分以外の温もりは
存在しなかった冷たいシーツ。


デニスの誘いに乗ってしまったことも最初は気が咎めていたソフィアで
あったが、嘘か真なのか、それでも自分の名前を呼んで甘い囁きをかけ、
優しく抱きしめてくれるデニスにいつしか溺れ深みに嵌り始めていた…。



かと言って、司の妻でありたいと思う自分も存在して、混沌とした自分自身を
持て余していることも然り。


寂しさ故なのか愛なのかそれさえ答えが出ぬまま、今夜もまたいつもの逢瀬の
高級ホテルへと向かっていくソフィアであった…。







ここにも心あらずで肘をつきながら書類に目を通していた男が一人。

結局昨夜は眠らなくてはと思っていてもほとんど眠ることが出来なかった
司は、道明寺財閥日本支社総帥の部屋で重厚な机に向かっていた顔を上げ、
ぼんやりとした脳内は更に迷走することがわかっていても考えることを
やめてはくれなかった。


部屋の中は空調が効いていて快適そのものだったが、窓の向こうを見れば
真っ青な空が広がり、思わず眩しさに目を細めてしまう。

真夏なのだと主張するギラギラとした太陽は中天近くに位置し、地上に
あるもの全てに容赦なく陽射しを照り付け、更なる暑さをもたらしていた。


「すぐ来てくれ」


何を思ったのか、内線電話を取ると出た者にすぐさま有無を言わせない
口調で指示した司。



この混迷してしまっている今をどうにか打破したいと願いながら ――――。







31.





「さあて、今日のお夕飯何にしようか?」


当然まだ喋れぬ、きっとこちらが何を言っているかまだ理解できない
小さな赤ちゃん。

それでも他愛のないことを喋りかけ、問いかける母の笑顔に釣られるのか
安心してくれるのか、それを見て手足をパタパタ嬉しそうに動かしながら
「あっ、ぷ」と言ってニコッとしている我が子につくしもまた笑顔を浮かべる。


いつでも我が子を見ていられるように安心してもらえるようにと、対面に
したベビーカーを押しながら近所のスーパーへと出かけていたつくしと美夕。

いつもは両手が空いて便利なおんぶひもでおんぶしてスーパーへ買い物に
行っているつくしだったが、あまりにの暑さに自分も暑いが美夕も暑がって
しまうかなと思って、ひさしがあるしとベビーカーに乗せたのだった。


よっこらしょっと、少し自分でもババくさいなと思いつつもスーパーの袋を
持ち上げるとベビーカーの下に取り付けられているかごの中に入れる。


スーパーの中の涼しさで眠りについてしまった美夕。

美夕の眠りを妨げないようにと、極力震動が伝わらないようにそっと
ベビーカーを押し始め、スーパーの自動ドアを出たその時だった。


携帯電話が鳴り、美夕が起きないように急いで出てみれば思わずつくしの
素っ頓狂な声が出てしまう。


「えっ、母がですか?」


どうやら電話をかけてきたのは、つくしの母、千恵子がパート勤めしている
ホームセンターの店長らしく、「お母さんが倒れてしまったので、すぐに
来て欲しい」というものであった。


「あのっ、病院は?…今ちょっと出先で…、はい…。
 あ、そうですか。今いるのは×△町のスーパーで…」


そのホームセンターのパートの誰かが千恵子に付き添ってくれているらしいが、
心配だし責任もあるからと言うことで「自分もとりあえず向かいますので、
良かったら一緒に乗せていきますよ」と言ってくれたのだった。


「ママ大丈夫かな…」


美夕もいるし荷物もあるしせっかくだからと店長の好意に甘えることにした
つくしは、一旦携帯電話を切ると不安そうに呟いたのだった。







「あの、病院に行くんですよね?」


ホームセンターの店長が迎えに来たセダンタイプの車に乗ると一路病院へと
向かっているはずと思われていた車がなぜかビルだかホテルらしき建物の
地下駐車場へと入っていくのを見て、つくしの中であれっと疑問が
浮かんだ瞬間口から言葉となって出る。


「いえ、こちらですよ。もう着きましたから」


ホームセンターの店長は涼しい表情であっさり答えると、あっという間に
車を路肩に寄せるように停めた。


「さっ、降りて下さい」と言いながら後ろのドアを開ける店長という人物に、
不審の目を向けたつくし。

さすがの鈍感と言えども、こうなると先日の美夕の誘拐騒動も手伝って
嫌な予感が脳裏を占め、美夕を抱っこしている腕全体にも力が入る。


じわりと吹き出た汗が服の中で流れたのを感じつつ警戒しながら
地に降り立つと、それと同時にすぐ先にある裏口の扉らしきドアが開き、
つくしの目には久しぶりに見たと思う人物が現れる。


「西田さん…」





この子はあたしが守る ―――。





こんな危機に陥ってしまったことも知らず、母の腕の中気持ち良さ気に
眠っていた美夕。

さらに腕にぎゅっと力が入って、自然と我が子を抱きしめるような形に
なったつくしであった。


「お久しぶりです、牧野様。いえ、現在は天草様でございましたね」


つくしのうろたえて警戒する素振りを気にするでもなく、落ち着き払った
様子で挨拶をした西田。

そんな西田に余計怒りが込み上げたつくし。


「あのっ、どういうおつもりですか?
 人を騙すようなことをしてこんなところに連れて来るなんてっ、
 あたし困りますっ!
 あたしは貴方たちとは今更何の関係もなければ、用もありません。
 帰りますっ」


くるりと踵を返し背を向けたものの、はたっと我に帰りもう一度振り返る。


「あのっ、ベビーカーと荷物返してくださいっ」


先程乗っていた車がいつの間にか移動にしており、今つくしの手元に
あるのは美夕とマザーズバッグだけ。


「そんなにお手間取らせません。少しだけ私共にお時間を頂けないでしょうか。
 その後ベビーカーも荷物もキチンとお返し致します」


至極真面目に答えた西田だったが、うっすらと勝ち誇ったような笑みが
浮かんでいるような気がして、物質ですかい?と思わずムッとするつくし。

けれどベビーカーもスーパーで買った荷物も返してもらわなきゃ困る!と
いう確固たる意思は存在し、背に腹は替えられないかと思う。

嗚呼貧乏性とも言うべき悲しき性につくづく嫌になりながらも、仕方なく
渋々頷くと「本当に少しだけですからね」と念を押したつくしだった。





西田の後ろを渋々ついていったつくしは、今から起こるであろう事に
直面する前にととりあえず問いかけたつくし。


「あのっ、これは誰の差し金ですか?道明寺それとも…」


「お会いになって頂ければすぐわかることですから。
 私がいくら苦言を呈したところで、こちらも仕えている身で
 限界がありまして。お力になれず、申し訳ございませんでした」


つくしの差し金という物言いに苦笑いを零しつつもさらりと答えた西田。


西田の答えにはあ〜と大きくため息を零すと、あっという間に曇って
しまった心は今にも雨が降り出しそうなほど重たく感じて、
徐々に足取りも重たくなっていく。


「つくし様、こちらでございます。
 私は隣の部屋で待機しておりますので、お帰りの際はお声を
 かけて下さいませ」


西田の声に2メートルほど手前のところでいつしか俯いてしまっていた
顔を上げたつくし。


「わかりました」


つくしの返事を合図に、西田が目の前にある一室のドアをノックする。


美夕を抱く手も震え、立っている足でさえ震えているのがわかり、心臓に
至ってはバクバクと踊っていたつくし。



そんな緊張感を解こうと大きく息を吸い込んだのと同時に、
扉は開かれる ――――。










to be continued...
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