螺旋模様

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act.15

written by  鳥




32.





西田に促されドアの開いた部屋の前に歩を進めた瞬間、ああやっぱりと
部屋にいた人物を見ながら思ったつくし。


窓から差し込む眩しい光を背に受け逆光で表情がはっきり見えなくとも、
あの独特の天然パーマのかかった髪型とスーツをキッチリ着こなして
片手をスラックスのポケットに突っ込んだまま威風堂々と立っている男、
道明寺 司。


「…」


おずおずと部屋の中に入っていけば、後ろで静かにドアが閉められた音が
して逃げ場がなくなってしまったのだと思う。

それでも震えからもつれてしまいそうな足にわざと力を入れると、はったと
前方にいる司を睨みつけるようにして声を出す。


「…一体何のつもり?こんな真似して」


「久しぶりに会ったってえのに、第一声はそれか?
 まあいい、そんなとこ突っ立ってねーで、こっち来て座れよ」


「結構よ、すぐ帰るつもりだから」


「ふーん、そうかよ」


そう言うや否や、すたすたとつくしへと近付いていく司。


「なっ、なっ、、何よ!」


「別にお前が来れねえなら、俺がそっちに行きゃあいーんだろって
 思っただけ」


自分の目の前に来られて、動揺が隠せずついどもってしまい体も反射的に
引き気味となるつくしだった。


そんなつくしにはお構いなしで、つくしの腕の中にいる幼子をじーっと
見つめた司。


「こいつがお前の子か」


そう呟くと美夕に触れようと思わず手を伸ばした司だったが、つくしは
とっさに我が子を庇うようにくるりと背を半分向けてしまう。


「さっ、触らないでっ!」


途端、つくしの声なのか体がいきなり動いたことに驚いたのか、眠っていた
美夕は「オギャーーッ!」と顔を真っ赤にしながら泣き出してしまい、
つくしは慌てて縦抱きに変えると「よしよしごめんねー、美夕。
驚かせちゃって」と背中をポンポンしながらあやし始めたのだった。


そんなつくしと美夕の様子を静かに見つめ続けていた司。


泣き声が少しおさまって、美夕が「この人だあれ?」というようなきょとんと
した感じで涙で潤んだ愛らしいパチリとしたお目目を司に向ける。

そんな美夕の瞳を見つめたまま、ぽそりと口を開いた司。


「…なんで子供のこと言わなかったんだよ?」


「!
 なっ、何のことよ?」


司の言葉に思わずばっと振り返ったつくしの表情には明らかに動揺の色が
浮かぶ…。


「そいつ、美夕は俺の子だろ」


「ばっ、ばっ、馬鹿なこと言わないで!
 この子はあたしと金さんの子よっ、ヘンなこと言わないでっ!!」


動揺を必死に隠そうと睨みつけるものの、そんなつくしなんて怖くもなく
司はつくしの目を見つめたまま平然としていた。


真実を暴こうとする司の瞳に恐れをなした瞬間、思わずバッと視線を
逸らすと背を向けたつくし。


「よくよく考えてみりゃ、お前が俺と別れてすぐ他の男とデキ婚なんて
 考えらんねーだろ。それに」


少しの間だけ静かに抱っこされていた美夕であったが、司の会話の腰を
折るようにぐずぐずし始め、またあやすのだったが美夕が指をちゅぱちゅぱ
吸う仕草をして、ハッとするつくし。


「ごめん、悪いけどもうミルクの時間だから、失礼するね」


「ここでやってきゃいーだろ。まだ話は終わってねーよ」


司も逃がすものかと、つくしの腕を掴むものの、つくしも負けじと睨み返す。


「あたしは話すことないっ!あんたがどう思っていようと、現実に金さんと
 デキちゃった結婚したの、あたしはっ。ヘンな勘違いしないでよっっ!」


つくしと司の睨み合いが続く中、美夕はその雰囲気を察知したのか
また火がついたように泣き出す。

そんな美夕にさすがに司も気が咎めたのか、ふっと軽く息を吐き出すと、
つくしの腕を掴んでいた手を離して落ち着いた声で話し始める。


「いーからすぐミルクやってこいよ。
 そいつ腹減ってるんだろ、可哀想じゃねーか」


つくしも司の言葉にバツの悪さを感じたのか、ここで帰ったところで
ミルクをもらうまでは泣き続けるであろう美夕を想像して、さすがにそれは
出来ないと思う。


「…じゃ悪いけど、違う部屋貸してくれる?あたし母乳で育ててるから」


「向こうの部屋使えよ」


少し顔を赤らめた司が顎でしゃくり示したドアを見ると、「ありがと」と
言いながら向かったつくしであった。


奥の部屋に消えたつくしの背中を見送ると、ソファに座り込みながら、
ふぅーとため息漏らして目頭を指で押さえた司。



この難攻不落とも言える、意地っ張りの女をどうしようかと ――――。



一方つくしも奥の部屋の椅子に腰掛けて、美夕に乳をあげながら
ため息が出てしまう。



この場をどうやって逃げ切ろうかと ――――。







33.





お乳をやり終えゲップも吐かせついでにオシメも替えると、お腹が満足した
のか気持ち良くなったのも手伝ってまたすやすやと眠ってしまった美夕。

そっと美夕を抱きかかえると、奥の部屋を出たつくし。


「部屋、ありがとう」


「おう、また眠っちまったのか赤ん坊?」


つくしの声に気付いて振り返れば、つくしの胸に静かに抱かれている美夕の
様子に、目をパチクリさせた司。


「うん、さっき泣きじゃくったしお腹も満腹になったから。
 それに泣いてミルクを飲んで寝るのが仕事みたいなものだし、赤ちゃんは」


「ふーん」


少し間を置けたせいか、ちょっと冷静になったのか先程とは違い、
穏やかに会話をし始めていたつくしと司。


「ずっと抱っこしてたら重いだろ?こっちのソファで寝かせてやれよ」


「ううん、もう帰るから。金さんも心配しちゃうし」


司が座っているソファの方には行かず、このまま帰り道へと続くドアへ
歩み始めたつくしの前に突然立ちはだかると、清之介の名前が出て
カチンときたのか少し青筋を立てつつ、つくしの顔の前にファイルを
突き出した司。


「これ見てけ」


「なっ、何よ…?」


いきなり顔のすぐ前に突き出されてたファイルに焦点を合わせようと
思わず顔を引いた瞬間、司の口から恐ろしい言葉を聞く羽目となる。


「俺と美夕のDNA鑑定。親子関係99.9999%だとよ。
 それでもお前は天草の子だって言い張る気か!?」


「どっ、どうしてそんな検査出来るのよっ?
 美夕の髪の毛とかそういうもの、どうやって手に入れれるの、あんたが…」


そこまで自分で喋った瞬間、ハッとしてあることに気付いたつくし。

それと同時に少しは落ち着いた様相だったつくしも、また険しい表情に成り
変わると、美夕を抱っこする手に力がぎゅっと入り、少し後退りする。


「…やっぱり、美夕誘拐したの、あんたの仕業だったの?
 どこまで卑怯なことすれば気が済むのよっっ!信じられないっ!」


「違うっ!俺はぜってーそんなことやってねえからなっ!」


自分自身が疑われたことに怒りが込み上げたのか、愛しい女に疑われたことが
悲しかったのか、思わずつくしと美夕ごと抱きしめた司。


「やっ、やめてよっ」


司の力に抗おうとするものの、如何せん両腕は美夕を抱きかかえて
思うようにならないつくし。


「俺が誘拐なんてメリットにもならねえことやらねーよ。
 天草が怒鳴り込んできた時も、俺は美夕が俺の子だなんてこれっぽっちも
 気付いてなかったから、知ったことかと思ってたさ…」


自分の愚かさを悔いるように苦々しい面持ちで吐露する司だった。


抱きしめていた腕の力を緩めると、司はそっと美夕の頬に左手を置く。


「美夕のことで強請りにきた溝鼠が一匹いる。
 あの誘拐劇は俺に対する恨みじゃねえかと今は思ってる」


つくしに訴えかけるように、真摯な瞳を投げかけた司。


美夕が誘拐され、なぜそこに道明寺財閥の社員章のバッジが落ちていた
のかと考えると、最初はもしかしたら司の逆恨み腹いせだったのかとも
考えたのだが、どうしてもそう思い切れなかったつくし。

愛していた男が、別れてしまったとは言え、今更そんなことをするはずが
ないと信じていたから…。

そして最後に行き着くのは美夕の本当の父親を知っている者の仕業では
ないのだろうかと疑っていたのも事実であった。

けれどこのことは、自分と清之介そして寿司屋の大将しか知らないはず
なのにとも思うと、どう考えていいのかわからなくて、最近では誰が
犯人なのか考えないようにしていたつくし。



美夕を守るのは母親のあたしだから ―――― と。



ぶんと首を振ると、意思を持った力強い瞳で負けじと司を見つめる。


「道明寺の言いたいことは、わかった。
 けど、この子はあたしの子なの。それ以上もそれ以下もないから」


「このDNA鑑定が嘘っぱちっつーなら、もう一度ここで美夕の髪の毛でも
 何でも置いてけ。もう一度検査すりゃ、今度は明確だからな。
 それならお前も認めるだろ、父親は俺だって」


口唇を真一文字に結び、一向に認めようとしないつくしに業を煮やした司。


「あんたもわからない人ねっ。
 あたしにとってこの子の父親が誰であろうと関係ないって言ってるの!
 この子はあたしの子以外何者でもないっていうこと。
 それにあんたは…」


「それにの続きは何だよ?」


一度口を噤んでしまったつくしに対し、司はムッとした様子のまま促す。


「…あんたもあたしも結婚して、互いに別々の道歩んでるんじゃない。
 こんなこと言い合ってても、この先あたしたちが同じ道を歩くことは
 絶対あり得ないんだよ、わかってるでしょ」


母の楓にも言われ当の本人にまで言われてしまった司は、傷ついた
心を隠すようにぷいっと顔を背けるものの、寂しそうな表情であったことは
言うまでもなかった。


「ごめんね、けどこれがあたしの本心だから。
 最初はびっくりしたけど、久しぶりにあんたに会えてよかったよ…。

 …もう会うことないけど、元気でね」


そう言い残すと美夕を抱き直しマザーズバッグをもう一度肩にかけ直して、
部屋を出て行こうとするつくしの腕を掴まえた司。


「俺は俺のやり方で美夕とお前守るからなっ!
 覚えとけっ!」


振り返ったつくしは、びっくりして一瞬ぽかんと口を開けてしまうものの、
それからすぐさま哀しそうに微笑みながら静かに首を横に振る。


「さよなら」


司の手から力が抜けるとするりと司から離れて、そのままもう二度と
振り返ることもなく部屋を出て行ったつくし。





今、二人の心に去来するものは、



         ―――― 愛しい人への哀しく切ない想いだけ。










to be continued...
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