螺旋模様

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act.21

written by  K's Apple




49.





「社長、およびですか。」
「ああ、イゴール、入ってくれ。」

俺は、取締役のイゴールを社長室に招くと、やや緊張した面持ちの彼の正面に座った。


まっすぐにこの男の顔を見る。
さして大柄で威圧的な男ではない。しかし彼はいつも冷静で、静かな意欲に
満ち溢れたヤツだった。
そしてこいつには、ロスマン社の技術・開発の全てを熟知しているという強みがある。

「イゴール、君に頼みたいことがある。」と俺は告げた。



「俺と一緒に、ロスマン社の中期経営計画を策定して欲しい。」
「中期経営計画・・・ですか。」
彼は、呟くように繰り返した。
それは世間に会社の評価を問う大事業だった。

「そうだ。10年後―いや20年後のロスマン社の礎を築くために、
 これから向こう5年間の当社の経営方針と事業戦略を作り上げて、
 社会にそれを示して評価を受ける。
 同時に、その戦略を実現するための組織体制も作り上げていく。
 それを俺と一緒にやって欲しい。」

イゴールは、少しの間黙って俺を見返してきた。


「それは私の身に余るほどの大任です。」彼は言った。
「それで社長は、いつ頃その中期経営計画を外に発表するおつもりですか?
 一年後かまたは・・・?」
「いや、そんなに待てないな。」と俺は遮るようにして言った。
「3ヶ月で、経営計画を作り上げる。」


そして、イゴールが少し躊躇ったそぶりを見せたので、付け加えた。
「ロスマン社全体の戦略を見極めるのに3ヶ月という期間が短すぎるのは承知の上だ。
 だが、あまりぐずぐずしてはいられない。それまでにやり遂げなきゃなんねーんだ。
 イゴール、付いてきてくれ。」

「・・・わかりました。」
彼は、最後には俺の真剣な目に応えてくれた。



その日から、俺とイゴールは20年とうロングスパンを視野に入れて、
集中的に戦略の立案を開始した。

「これからの事業経営に必要なのは、サステナビリティです。」とイゴールは
主張した。
サステナビリティ・・・つまり、
「持続可能な発展」への推進体制だった。

「地球資源や環境負荷許容能力の有限性、世界規模での人口増加などを
 特に重視して、当社の個々の事業戦略が全て、こうした社会問題の解決と
 結びついていくように事業のあり方を位置づけます。
 当然ながら、その目的に沿うように経営資源のシフトも必要です。
 ・・・事業売却も含めて。」
長らく守旧派・革新派のいずれにもくみせず、冷静にあるべき姿を見据えてきた男。



「イゴール、君は東欧系か?」
彼の名前をふと思って、口にしてみた・

「はい。私の父はユーゴから移民してきました。」と彼は答えた。


「そうか。・・・で、家族は?」
「妻を3年前になくしまして。」
「なら、今は独り者か。」

共にロスマン社の将来を描くという難しい課題にチャレンジしながら、
少しづつ俺とイゴールの間の信頼感も醸成されていった。



「この男なら、会社を託せる。」

約束の3ヶ月を前にして、俺は意を強くしていた。
安心してロスマン社を任せられる逸材さえ見出せたならば、
俺のミッションも達成できたようなものだ。
俺は中期経営計画の発表と同時に、その計画を実行していく経営者としてイゴールを
指名する。

そして将来ソフィアの産む子供に、もしそれだけの意思と能力があれば、
その子がやがてはロスマン社の後継として、育っていってくれればいい。


俺の役目は、正しい道筋を築くところまでだ。
そう。社外への発表に先立って、俺とイゴールがまとめた経営計画を
デニス他社内の全取締役に伝える日を俺は目前に控えていた。







50.





NYで司と話した後で日本に戻ってきてから、俺は皆を招集した。
「そっか。司は、やっぱり知ってたんだな。牧野の子のことも・・・」

「ああ。それで牧野の居場所はわからなかったし、それに司も探ろうとはしてなかった。
 そんだけ、牧野の安全を考えてるってことだよね。
 だからいまの状態で、俺たちが牧野を探してあちこち突っつきまわるっていうのも、
 いたずらに牧野の危険を増すばかりって思う。だから・・・」


俺は、深く息をつぐと、言った。
「俺たちが今できることは別にあると思う。」
「それは、なんだ・・・?」
 あきらが、総二郎が、それに滋も桜子も。緊張した面持ちでこちらを見る。

「司のポジションを虎視眈々と狙っているデニス・スタントン。
 あの男に密着すること。」



その俺の返事に、皆は唖然とした。
「まさか、類!それって、危険だぜ?あの男が俺らの話なんか、聞くと思うのか?」
「それに、俺達が司の友人だったってことだって、知られる可能性があるし。」


「多分、このデニスって男は、いろんな意味でかなりヤバイと思う。
 でも、幸運なことにヤツは現在追い込まれている状況にある。
 司を追い落とすことができそうな美味しいネタをちょっとみせたら、
 多分藁をも掴むように飛びついてくるだろう。」


「そして、この男の動静にうまく探りを入れることで、司を助けることができる。
 ・・・多分、それが牧野を危険から防ぐことにもなる。」

総二郎は、目をキラっとさせて言った。
「類の言うとおりだとして、実際誰の会社がデニスに接触することにする?
 類か、それともあきらか。・・・または滋のところか?」
皆は、顔を見合わせた。



誰もが、牧野を助け出したかった。その気持ちに変わりはない。

熟慮の結果、一番如才なく人当たりのいいあきらがその大任を果たすことになった。
美作商事との提携の可能性をちらつかせて、デニスの所に飛び込む。



予想通り、やつらは利益が取れるネタなら何でも追いかけたい様子だった。
デニスとその取り巻きが、カナダのバンクーバーにある
カメリア・ホテルに集結しては、度々秘密の会合を持っていたことを
あきらが察したのは、接触を図ってまもなくのことだった。







51.





「どうやらロスマン社の工場を爆破させる必要はなくなったようだ。」
昨日、革新派の3名の仲間と共に、三度目のバンクーバーのカメリアでの会合を持った。


「日本の美作商事が、資金提供はできるが技術がないってことで、
 天然資源開発プロジェクトを俺たちと組んでやりたいと申し入れてきた。
 これからFSが必要だが、美作家の坊ちゃん幹部をうまくたらしこんで、
 うちに有利な事業展開に持ち込んでやる。」

そう。美作商事を代表してきた美作あきらは、語学は堪能で話のものわかりもいい。
ギラギラした野心もなく、純粋に俺と一緒にビジネスをしながら学んでいきたいと
謙虚な態度の男だった。


「日本の総合商社っていうのは、利用価値があるぜ。
 うまくやれば結構な金づるだし、リスクはあいつらに負わせればいい。
 有難い存在だな。」


そう思うとすっかりいい気分になって、ホテル周辺をドライブしていた時。
洒落た白い壁の家から、黒髪の女性が赤ん坊を抱いて出てきた。

「あれ・・・?」


あの女性。・・・そうだ、この間カメリアで俺と鉢合わせした若い女だ。
娘だとばかり思っていたら、赤ん坊がいる母親だったのか。
それに旅行者じゃなかったんだな・・・
そう思っている内に、車は前を通り過ぎていった。


意外だな。東洋人の女は、体つきもまるで違うからな。
あんな初々しいなりをして、若々しい雰囲気なのに。
生娘じゃなかったか。



それから俺は、仲間と事業の成功の前祝をしようと、まっすぐカメリアの
中にある寿司屋に赴いた。
海に面したバンクーバーは、元々美味い寿司屋が多い。
だが、あまり変な場所で俺たち3人が一緒につるんでいるところを
見られるわけにはいかなかったから。
定評のある、カメリア・ホテル内の寿司屋に個室を取ってもらった。


実際、出された寿司は極上の味で、3人を歓喜させた。
「おい。ここの寿司職人は日本から来てるんだろ?」

「はい。セイさんですか?あの人はつい最近急に日本からみえて。
 とても腕のいい職人さんで。」
と冷たいおしぼりを手渡しながら、仲居が言った。

「セイさん・・・最近、日本から、来た・・・?」



漠然とだが、俺は失踪していた天草清之介が寿司職人だったことを思い出した。
そして、ついさっきホテルのすぐ近くであの若くキレイな東洋人の女が、
赤ん坊を抱いていたのを見かけたことも。



「そのセイさんって職人の奥さんの名前は、『つくし』って言わないか?」
さりげなく、なんてこともないように仲居に向かって聞いてみると、
彼女は首をかしげた。

「ああ、そういえばいつだったか。セイさんの忘れ物を奥さんが届けてくれたときに、
 つくし、ありがとよって言ってたかしら。・・・」
「そうか。日本人の名前はキュートだな。」

俺は言うと、表情を見られないためにゆっくりと視線をはずした。
仲間たちが少しけげんな表情を見せて俺を振り返る。


「それで、うちの道明寺社長は、こちらのホテルには度々来られるのかな?」


「いいえ。でもテレビや雑誌で見てると、本当に男前の社長さんよねえ、彼。
 惚れ惚れするわ。でもあの人は、一度もこのホテルに来たことはないわね。
 NYでの仕事でお忙しいのじゃないかしら?」
「そうか。」



それ以上、俺が聞きたいことはなかった。
まさか「あの若い娘」が、道明寺司の「かつての恋人」で、
俺たちが血眼になって探していた女だったとは。
俺だけがたどり着いた事実に、一人ほくそえむ。
こうなったら、天草つくしは俺の手の内に入ったも同然だ。

これは、どう料理をしてやるか・・・道明寺司が抱いた女の味見をしてやるのもいいな。


そうして、思う存分いたぶってから、地獄に落としてやる。
あの女も。・・・そして道明寺司も。また二人の「子供」も。・・・
次第に俺の顔に残虐な微笑みが浮かんでいった。

「私はあと1日か2日余計にここに滞在する。」と俺は仲間に伝えた。
「目立たないように、君たちは先にNYに戻っててくれ。」


心ひそかに、女をおびきだす算段をはじめる。
うまいことおびき出した暁には・・・俺は、舌なめずりをしていた。


そのとき・・・俺は、同じカメリア・ホテルの中、俺のすぐ近くで、
あの「ネギをしょったカモ」扱いをしていた美作商事の坊ちゃん幹部が、
俺の動静を見張っていたことなど、夢にも思ってはいなかった。










to be continued...
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