螺旋模様

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act.22

written by  のばら




52.





つくしはあの時の事を思い出していた。





自分から別れを告げたあの日。

今思い出しても胸が潰れそうな苦く切ない思い出。







いつものように甘く優しい繋がりではなかった。






あいつの熱い指先

激しい息遣い

深いキス





いつにも増して激しい求め方だった。





そして自分もあいつが少し触れただけで、

ただそれだけで、

何もかもどうでも良くなってしまうような気がした。







朝には別れるとわかっていてもお互いに求め合わずにはいられなかったあの夜。

そうすれば朝になっても別れが嘘になるような気がしたあの夜。







でもあたしは決して後悔なんかはしていない…

だってあいつが大事な大事な宝物をくれたから…






つくしは今自分の腕に抱いている

あの時に身篭った美夕の穏やかな寝顔を見ながら謝った。



美夕、ごめんね。

こんな危険なめにあわせて…

そして、

本当のお父さんに会わせてあげられなくて…


それと同時に金さんへの申し訳ないという気持ちもこみ上げる。

あんなにあたしと美夕のためにいろいろと我慢をさせて

あの人の人生も狂わせてしまった。



金さんと結婚して徐々に落ち着いていたつくしだったが、

司に再会してから、また時々思い悩むようになっていた。





あたしはただ普通に

平凡な生活をしたいのに…

その普通という事が今のつくしには奇跡のように思えた。





そしてその時すでにデニスの魔の手が着々とつくしに忍び寄っていた。







53.





あんなに探しても掴めなかった情報があんなに簡単に手に入るなんて…

美作商事の件といい俺の運も上向いてきたな。






デニスは昨日のカメリアホテルで掴んだ情報に上機嫌だった。



後はあの女に接触するだけか…



その後の事を考えるとデニスは自然と可笑しくなってつい笑いが出てしまう。

そうなった時の道明寺の歪んだ顔が見えるようだ。

俺をここまで怒らせた罰だ。




デニスはどこかに電話をした後車に乗ると、先日つくしを見かけた家のほうへと向った。











ちょうどその頃つくしは美夕を抱いて庭に出たところだった。

外出がままならない今、庭に出て散歩するのがつくしと美夕の唯一の息抜きになっていた。

特に動き盛りの美夕は息の詰りそうな室内から外に出ると活き活きとした顔になり

キャッキャッとはしゃぎとてもご機嫌になる。

そんな嬉しそうな美夕の顔を見るのがつくしの楽しみでもあった。

そこに家の前の道を一台の車が通りかかる。

と思った瞬間その車がつくしのいる家のフェンスに突っ込んできた。

ドーン!!

フェンスと車は大破し、その大きな激突音にあちこちから人がパラパラと集って来て
車の周りを取り囲んでいる。

つくしも目の前で起こった思い掛けない出来事に美夕を抱いたまま駆け寄った。

とその時人混みの中から小さいが良くとおる声がした。

「天草つくしさん」

突然背後から話しかけられて驚いたつくしが振り向こうとするとその声が続けた。

「振り返らないで…明日10時にカメリアホテルの715号室に来るように。
 もちろん誰にも知られずにだ。」

「ど、どうして?あなたは誰?」

「それは来ればわかる。来なければ道明寺司に危害が及ぶぞ。
 ロスマン氏がこん睡状態なのは知ってるだろ?
 道明寺をあんなふうにしたくなければ来るんだな。」



道明寺



その名が出た途端つくしの身体がピクッと震えた。





やはりこの女、まだ道明寺の事を忘れてないな…



デニスはつくしの反応に満足そうにニヤリと笑うとつくしの返事も聞かずに
衝突事故のどさくさに紛れてその場から姿を消した。

もちろんその事故はデニスがつくしと接触するために起こしたダミーの事故だった。

そうでもしないと今のつくしの周りは厳重な警備で近づく事もままならなかった。

そうとは知らないつくしは今の言葉をどうとっていいのか考えあぐねていた。



道明寺に危害が及ぶ?



そう思ったとたん昔港で司が暴漢にナイフで刺された瞬間が蘇る。

刺された瞬間ズルズルとあたしの手をすり抜けて倒れていったあいつ。

意識のないあいつを背負った重みが今も肩に残っている。






もう二度とあんな事になるのだけは絶対にイヤ…






ちょうど明日は清之介が早番で朝からずっと店に出ている日だ。

つくしは明日さっきの男が言った715号室に行く事を決心していた。







54.





次の日つくしは朝早く清之介を店に送り出すと仕度を始めた。

この家の使用人に美夕を預け、店にいる清之介のところに行くと言って車でホテルまで
送ってもらうよう伝えた。

つい先日も清之介に忘れ物を届けたせいでつくしのとった行動を怪しむ者は誰もいなかった。






ホテルのエントランスに着くとつくしは自分を励ますようにホテルをグッと見上げた。

そしてエレベーターホールへと進むと誰もいない箱に乗り7階のボタンを押した。

これから一体どういう事が起きるのか…

それを考えると不安で一杯になり、引き止めるかのようにかわいい美夕の顔、
優しい金さんの顔が次々と浮かんでくる。

でもつくしは行く事を止めなかった。いや、道明寺司に危害が及ぶという一言のために
止められなかった。

つくしはエレベーターから降りると分厚い絨毯を踏み締めて715号室に向って歩き始めた。

そして715号室の前に着くと大きく息をはいて自分を落ち着かせ、小さくノックをした。

中からは何もかえって来なかったが、静かにスッとドアが開きすぐにつくしを
部屋の中へと引き入れた。


痛っ!


突然腕を掴まれて部屋の中へと連れ込まれたつくしはその腕を掴んだ男を見た。



あ、この人は…



そこにはこの間つくしがホテルの前でぶつかった男デニスが立っていた。




「ようこそ、天草つくしさん。」

「貴方は誰?何でこんな事を?」

「私は…デニス・スタントン。
 そして我が社の社長、道明寺司を疎ましく思っている者でもある。」




デニスはそう言うとつくしに向ってニヤリと笑った。




「あたしをどうにかしても道明寺には関係ないわ。」

「ふふん、果たしてそうかな?じゃあ本当にヤツには関係ないか試してみよう。」




デニスは目の前にいたつくしの腕をもう一度強く掴みなおすとそのまま床に押し倒した。

そして片腕でつくしの両手を押さえつけると空いた手でつくしのブラウスをたくし上げた。




「や、やめてっ!」

「ここまで来ておいてやめてはないだろう。道明寺とはいい思いをしたんだろう?
 こんなところを見たらあいつはどんな顔をするかな?」


そう言いながらもつくしの体を弄っていた手は休みなく動いていた。

つくしは軽率にもこの部屋にひとりで来てしまった事を悔やんでいた。

いつもの自分ならこんな事など絶対にしなかったのに…

道明寺

あいつの名前を聞いただけでそんな事も忘れてのこのこと来てしまった自分がいる。

つくしは悔しさと情けなさのあまり涙を流していた。




「そんなに泣いても誰も助けになんか来ないよ。諦めるんだな。」



デニスがそう言った瞬間、部屋のドアが大きな音をさせて開いた。

デニスもつくしもびっくりした顔をしてドアのほうを見た。

そこにはデニスがバカにしていた美作商事のお坊ちゃん幹部がヤレヤレと言う顔で立っていた。



「おい、牧野お前こんなとこで何やってんだよ。自分から敵陣に飛び込むなんて…」



あきらはそう言いながら突然のあきらの出現に驚いて逃げる事も忘れている
デニスの傍に行くとガツンと一発頬に喰らわせた。

そしてそのまま床にのびているデニスを無視してつくしを助け起こした。



「牧野、その格好司が見たらそいつ絶対にぶっ殺されるぞ。」



あきらがそう言うのも無理はなかった。つくしは自分の姿を見て慌てた。

先ほどまでは自分の身を守るのが必死で格好なんてかまっていられなかったのだ。



「美作さん、ちょっとあっち向いてて。」



つくしはそう言うと慌てて身なりを整えた。

その間にあきらは秘書にデニスを引き取るよう連絡を入れた。



「いや、でも牧野がこんなところにいたとはな。こいつを見張ってて正解だった。
 それにしてもお前なんでこんな危ない事やったんだ?」



あたしのために道明寺に危害が…とは言えずつくしは黙って俯いていた。



「まさか司のためとか言うんじゃないだろうな、え、どうなんだよ?」



それにもつくしは答えられずにいた。それに気付いたあきらは



「やっぱ司のためか…お前が来ないと司をどうにかするとか言われたんだろ。
 全く変わんねーやつ。そんな事して司が喜ぶとでも思ってんのか?今のお前が
 しなきゃなんねーのはお前とお前の子供の安全を一番に考える事だろ。」
と諭すように言った。


「だって…だってあいつがまた倒れるところなんて見たくないもの…」
つくしはそう言うのが精一杯だった。


あきらもそんなつくしの気持ちを察したのか黙ってつくしを見守っていた。





「それより美作さん、どうしてここにいるの?それに何で子供の事知ってるの?」

「みんなお前の事を心配していろいろ調べたんだ。
 で、お前の居場所がわかんなかったから、
 こいつを見張るために日本からやって来たんだよ、美味しい話をチラつかせてね。」



あきらの言葉で今更ながらつくしは周りのみんなにしっかりと守られていることを実感した。



「ありがとう、みんな…」



極度の緊張から急に気が抜けたのかつくしはそのまま意識を手離した。










to be continued...
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