螺旋模様

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act.24

written by  なお*なお




59.





結局デニスは、あの場では自首しなかった。
俺が自らヤツを捕まえて警察に渡さなかった事が今更ながら悔やまれるが、
自分が利用していたと思っていた女から裏切られた事は、相当堪えたようだ。

それにしても、どこまでも往生際の悪い男だ。
もう逃げ場は無いというのに…。
市警にも連絡したし、まさかの時のことを考えてFBIにも連絡済みだ。
近日中には確実につかまることだろう。


俺は本日をもってロスマン社を去る事になったので、社長室の片付けを秘書に託すと、
急いでロスマン会長が入院している病院へと向かった。
もちろんソフィアと会長の身の安全に対する手配を万全にして。
いつどこで、ヤツが会長やソフィアに危害を加えるか分からない。


車で移動中、俺の携帯に連絡が入る。
2時近くに地下鉄で、ある男が列車に飛び込んではねられた。
遺体は顔の部分の損傷が激しくてデニス本人とは確認は出来なかったらしいが、
背丈や外見がデニスによく似ていたのと、何より胸ポケットにデニスの身分証が
入っていたらしい。

あの男は自殺したって事か…。あっけなかったなと思うが、同情はしない。
周りの人間にヤツがした事を考えれば、身から出た錆ってとこだ。
俺は大きくため息をついて、シートに身を沈める。
ほどなくして、車はロスマン氏が入院している病院に滑り込んだ。

ロスマン氏の病室に向かおうと、エレベーターを下りて渡り廊下を歩いていたら、
急に後ろからガシッと腕を掴まれた。
俺が難なく腕を絞り上げると、女の叫び声が聞こえて、慌てて手を離す。


「ソフィア…」


「良かった、会えて。あなたを捜していたの。
 でも、いきなり腕を絞り上げるなんてひどいわ。司」


ソフィアが涙を浮かべて腕を押さえ、痛みをこらえているようだ。


「すまない」


「いいのよ、後ろからいきなり腕を掴んだ私も悪かったし…。それより、司!」


腕をさすっていたソフィアが深呼吸を一つして、


「私、デニスの遺体を近くのモルグで確認しに行ったんだけど…」


「なんでまた、そんな事を…」


あまり妊婦にお勧め出来るような所じゃない。
それに元恋人の死体を自分から見に行くなんて、どうかしてる。


「聞いて、司。私どうしても確かめたかったの。
 彼は自分から死を選ぶような人じゃない。そんな人じゃないのよ」


ソフィアは否定するように頭を左右に振って興奮している。


「少し、落ち着け」


ソフィアの両肩に手を乗せて、落ち着かせようとした。


「いいえ。あそこにあった遺体は…彼じゃないわ。私には分かる。誰か他の人よ。
 彼は必ず復讐に来るわ。そういう人なのよ!」


ソフィアの目は怯えて空を彷徨っている。


「落ち着けって。とりあえず、ロスマン氏とソフィアの警備は敷いたし、俺には
 常にSPがいる。もし仮に生きていたとしても、きっとすぐに捕まる」


何度もそう話すが、ソフィアを落ち着かせる事は出来ない。


「ええ、ええ…。私たちは大丈夫よ。でもきっと彼…」


ソフィアの顔がみるみる青ざめる。


「ねえ、あなたの大切な人は?居場所を彼に知られてないわよね?
 ちゃんと安全な場所にいる?」


ソフィアは俺を見上げると、確かめるような視線で問いかける。

俺は弾かれたように、その場を駆け出した。







60.





「ありがとうね。美作さん。みんなに宜しく伝えて」


あたしは今日帰国すると言う美作さんの見送りに昼から空港まで来ていた。
金さんは仕事があるから、美夕だけを連れて。


「ケチケチしないで、ちゃんとタクシーで帰るんだぞ。
 まったく見送りなんかいいのに」


「いいのよ、あたしがしたかったんだから。
 美夕もお兄ちゃん居なくなって寂しいよね〜」


小さな妹の世話をして来た経験が物を言ったのか、美作さんは小さい子のお世話も
得意だった。


「俺も美夕ちゃんに会えなくて寂しくなるよ。
 大きくなって美人になったら、デートしような〜」


美作さんが美夕のほっぺを人さし指でちょんちょんとつつく。


「いやだ。美作さんと西門さんにだけは自分の娘、近づけないようにしなくっちゃ!」


「何言ってんだか。じゃあな」


「じゃあね」


あたしは大きく美作さんに向かって手を振った。





「やっぱりタクシー探さないとダメかな〜」


あたしは美夕を抱っこしながら、辺りを見回す。
カナダの人はあたしの下手な英語でも辛抱強く聞いてくれるし、割と分かりやすい単語を
使ってくれる。
ニューヨークだと英語がうまく話せないと、マックでもエッ?みたいな顔されて怖かったけど。
でもあいにく、この近くにタクシーは見当たらなかった。


「こっちじゃないのかな〜?」


空港の標識を見あげる。ちょうど電車の標識を見つけた。

今日の用事はこれだけだし、特に急ぎの用事がある訳でもないし、美作さんはああ言ったけど、
別に電車でもいいよね。

そう決めると、あたしは美夕を抱っこしたまま、駅の方向に向かって歩き出した。


しばらく行くと、駅が見えて来た。
道路を渡らなくてはいけないので、どこか渡れる場所は近くに無いかと左右を見渡す。
でも信号はあったけど近くに横断歩道は見当たらなくて、ざっと50メートルくらい遠くに、
やっとそれらしき物が見えた。


美夕は先ほどまで美作さんに相手をしてもらっていたので、ず〜っとご機嫌だったのだが、
美作さんが居なくなった途端、寝てしまった。きっと疲れたんだろう。

あたしも美夕が寝たら疲れが出て来たような気がする。加えて、遠くに見える横断歩道。
この前の道を横断してしまおうか…と左右を見渡す。そしたら、向こうから見慣れた車が
走って来て、すぐ近くに寄せて止めた。


「金さん」


あたしは美夕を抱えているので歩きながら近づく。


「おめえのこったから、タクシーじゃ戻って来ないだろうと思ってよ。仕事抜けて来た」


金さんはそう言いながら運転席から降りて、あたしのいる歩道に近づいてくる。


「ごめんなさい。仕事…」


と続けようとするあたしに「気にすんな」と笑って、あたしの頭に手を乗せる。


「ともかく行き違いにならねえで良かった。美夕は寝ちゃったのか、ほら。
 後ろのベビーシートに乗せるからよ」


そう言って金さんはあたしから美夕を抱き取ると後部座席のベビーシートに乗せる。
あたしは助手席に乗り込んだ。

寝ている美夕を起こさないように、そうっとベビーシートに固定すると、金さんは
一旦後部座席から出てゆっくりドアを閉めた。

運転席に金さんが乗り込んでくるのを、あたしはマザーズバッグから膝掛けを
取り出しながら待つ。
「ああ、さっき金さんに膝掛けを美夕にかけてくれるように頼めば良かった」と
思いながらも、自分でかけようと助手席のドアノブに手をかける。

その時、外で何かガツンと物音がして、慌てて辺りを見渡すけれど何も見えず、
また視線をドアノブに戻す。でもすぐに運転席のドアが開く音がして、
「ゴメン金さん、美夕に膝掛けかけて来る」と言おうとして、
あたしはその声を出せなかった。


なぜなら、運転席に乗り込んで来たのは、金さんではなく、
何日か前にあたしを襲った犯人だったから。










to be continued...
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