螺旋模様

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act.26

written by  なお*なお




64.





つくしは前を歩く男の後を黙ってついて行く。

もしも、自分がこの男からうまく逃げ切れれば、道はあるだろうか?
間違いなく美夕は熊田さんが護ってくれているはず。
自分が逃げた所で、見失ったデニスが逆上して美夕の所に戻っても、大丈夫だと思う。


デニスは先ほどから何やら早口な英語でぶつぶつ喋っている。
あまりにも早口なので所々しか聞き取れないが、おそらくロスマン氏にソフィアに、
そして道明寺に対する恨みの数々だと伺える。


つくしは少しずつ歩く速度を落として行く。ゆっくりと、デニスに気付かれないように、
息を殺して。

距離にして8メートルも離れただろうか…。

つくしは10メートル離れたらスタートしようとして息をのむ。

あと1メートル…あと50センチ…。

そして、つくしは進んでいた方向とは真逆に走り出した。


薄暗い森の中、自分に残された運だけを信じて。





司は数人のSPとともに、ようやく熊田の元にたどり着いていた。

熊田は自分の車まで戻り、再び眠ってしまった美夕を後部座席に寝かせる。

司はもうここにつく前からずっと、イヤな予感と戦っていた。
昔から自分の勘は鋭い方だ。外れた事は余り無い。苛立ちをそのままに熊田にぶつける。


「あいつは?この子の母親の方はどうした?!」


熊田の胸ぐらを掴み、激しく問いただす。でも熊田は抵抗する力も気力もない。


「この子の母親は、私がそばに居ると信じて、この子を頼むと私に言って、
 デニスとこの奥の森の中に…」


熊田が言い終わるか、終らないうちに、森の方から不気味な銃声が轟く。
その轟音は一発だけでは終らず、何発も不規則に続く。
それを聞いて、慌てて司が走り出す。
熊田が急いで司の腕を取って引き止めようとするが、その手はむなしく宙を
掴んだだけだった。


「早く、司様を追いかけるんだ!相手は銃を持っている。司様の命に関わるぞ!」


周りのSPに直ちに指令を下すと、2人ほど美夕の警護に残し、熊田もまた走り出した。





つくしは髪をかすめる銃弾の恐怖におののきながら、でも決して足を止める事無く
走っていた。

今ここで止まれば、自分の命は間違いなくない。つくしは必死だった。

後ろから銃声とともに、デニスの笑い声が聞こえる。
その声は薄暗い森の中で狂っているとしか思えないほど不気味だった。

つくしはローヒールの靴で、時々つまずきそうになりながらも必死で走った。
だがしかし、何発目かの銃声の後、左足に激痛が走る。
つくしは悲鳴を上げながら、その場に倒れる。

恐る恐る頭を上げ左足を振り返ると、ふくらはぎの所から赤い液体が溢れているのが見えた。
目の前が揺れて、今、自分は貧血を起こしているのだと分かった。
このまま楽になれるなら…と意識を手放そうとした次の瞬間、髪を掴まれ意識を戻される。
無理矢理立たされると、首を掴まれゆっくりと締め上げられる。
既につくしの足は地上には無く、両足を振っても空を蹴るばかりだ。
つくしは必死に、自分の首を掴んでいる手を振りほどこうとして、両手の爪をデニスの
両腕に食い込ませようとするけれど、意識はだんだんと白く遠くなって来る。

もうダメかと思った、その時、デニスの体制が一気に崩れ、つくしは地面に投げ出された。

咳き込むと同時に必死に息をして、肺に酸素を送り込む。
白くなっていた視界がはっきりして来ると、目の前にはここには絶対居ないと
思っていた人物がいた。







65.





「道明寺!」


つくしは喉の痛みを覚えながらも、必死にその名前を呼んだ。
司はデニスと取っ組みあって地面を転がっていた。
どちらが上か下かも分からないほど、二人は激しくぶつかりあっていた。
お互い素手で殴り合っている。力は互角のように見える。

つくしは既に、どうしてここに司がいるのかとか、そんなことはもうどうでもよかった。
もう二度と会えないと思っていた司がここにいる。
その奇跡に、涙が止まらなかった。


先ほどつくしがデニスに首を絞められ意識が無くなりかけた時、
真っ先に浮かんだ顔は美夕。

美夕の大きくなる姿を見届けられなかった事が悔やまれてならない。

美夕を守る方法はこれしか無かったとはいえ、出来るなら自分が死ぬ最後の瞬間まで、
そばに居てあげたかった。

どうか元気で素直な明るい女の子になって…と願う。


でも、その次に浮かんだのは司の顔だった。

美夕にはもう別れをすませた。だけど、彼にはまだ何も言っていない。

美夕の父親は司だとも、愛しているのに愛していないと嘘をついた事も、
そして、今でも司の事を愛しているという事実も。

もう一度だけ、司に会いたいと思った。

会って全部謝りたい。

そして、美夕はあなたの子どもなのだと、司に正直に告げたかった。


司がデニスに馬乗りになり、何度も何度も殴りつける。
だけどそれは一発の銃声の後に終わりを告げた。
つくしは目の前にある光景が信じられない。司がデニスに撃たれたのだ。
司の体がゆっくりと後ろに倒れて行く。

つくしはあらん限りの声で叫び「誰か、助けて!」と泣きながら繰り返し
声を出して助けを求めた。


司と一緒について来たSPたちが、やっとここまで追いついた瞬間だった。







66.





「道明寺。道明寺!」


つくしは左足の痛みをこらえ、足を引きずるようにして地面を這って行く。

デニスはSPにより捕らえられ、司はまた別のSPに応急処置を受けている。
近くのSPが救急ヘリの要請を携帯からしていた。

つくしは服がドロだらけになるのも構わず、やっとの思いで司のそばまで這い進む。
よく見ると、応急処置をしているSPが白いタオルで押さえている司の腹部から
おびただしい量の血が流れ出ている。

顔面も蒼白で、こうなったのが自分のせいだと思うと、つくしはなんと言ったらいいのか、
果たして自分が手を伸ばす資格があるのかどうかさえも分からない。

すると、司がつくしに気付いて、ゆっくりと手を伸ばしてきた。
つくしは司の手を両手でしっかり包む。


「イヤだ…道明寺。死なないで。愛してる、愛してるの」


つくしは泣きながらも司に告げる。

司はそれを聞いて、わずかに笑みを浮かべる。


「美夕は…俺の子だよな?」


司の問いに、つくしは頷いて答える。


「なんで、美夕って付けたのか…教えてくれないか?」


司が時折痛みに顔を歪めながらも、話して来る。


「美夕を産んだ日、病室から綺麗な夕焼けが見えたの。
 あの無人島であんたと見た夕日も綺麗だったな…って思い出して、
 いつかこの子が大きくなったら見せてあげたいって…。
 だから美しい夕日で、美夕…」


つくしは泣きながらも、司を力づけようと必死で話す。


「その夕日、俺も…一緒に見れる…かな…。いつか、美夕と一緒に…」


司の焦点が合わなくなって来る。


「見れるわよ。見るんでしょ。だから頑張ってよ」


「あいつに…幸せに…してもらえよ」


司の力が手から抜けて行く。


「イヤだ。絶対イヤだからね」


つくしは司の手をずっと握りしめたまま、もう二度と放す事は無かった。










to be continued...
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