錆びつく森

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act.5

written by  なお*なお




8.





9月も半分を過ぎようとしている。

遠く、遥か南の海上に出来た台風の影響からか、
東京は気温30度、湿度70%を超え、
残暑の厳しい真夏日となった。
窓際に置いた扇風機が、申し訳程度に生温い風を送って来る。

このアパートには相変わらずクーラーという物は存在しないし、
どこかに出かけて涼もうにも、今日は雲一つない晴天で、
美容には人一倍気を使う友人に感化されたわけではないけど、
体にもお肌にも有害な紫外線が溢れる中、一歩も外になど出たくない。

あたしは、冷蔵庫の中から製氷器を取り出すと、
台所でタライに水を張って、その中に氷を全部入れた。
製氷器の中に水を入れて、冷凍庫の中に忘れずに戻すと、
台所の椅子に座り、床の上に置いた水を張ったタライの中に両足を入れて、
手元は団扇で扇ぎながら涼をとる。


もうあれから2ヶ月経つ。

別れたばかりの時は、どうしようもない虚脱感に襲われて、
学校も勉強も、食事も睡眠も、正直息をする事さえキツかった。
4年も会っていなかったのだから、例え別れる事になっても、
あまり辛くは無いかもしれない…という悲しいながらも楽観的な自分がいた。

でも、確かに、4年は会えなかったけれど、
知らず知らずのうちに、彼を頼ってしまっていた自分がいたのだ。
別れた夜に、ドレスと一緒にホテルに置いて来た携帯を、
朝起きるとともに手を伸ばし、無意識に探す自分がいて、
しばらくは朝起きるたびに……、
違う
寝ている時も、ずっと泣いている状態が続いた。
朝起きて、頬に伝っている涙を確認して、
また泣く…の繰り返し。

早く忘れてしまいたい。
あの時のあたしは、それだけを願いながら日々を過ごしていた。


そのときガチャリと玄関のドアが開く。
ああ、しまった…と、今朝散歩から戻って来てから、
戸締まりを忘れてしまっていたことに気づく。

「牧野、不用心すぎるよ。コソドロが入って来るから、気をつけないと」

そういうアンタは何者だよ、と心の中で悪態をつきつつ、

「花沢類、どうしてここに」

遠慮という日本語は花沢類の中にはないのか、
と漠然と思う私をさほど気にする様子も無く、
既に靴を脱いで上がり込んで来ている友人に聞く。

「ここ、何だかサウナみたいだね。
 牧野、一人我慢大会かなんかやってるの?」

「商品、何?」と無神経な言葉を繋ぎつつ、
ほとんど蒸し風呂状態にあるオンボロアパートの一室に、
不釣り合いなほど、さわやかに佇んで言い放つ花沢類。
あたしは「そんなのやってるわけないじゃん!」と小声で悪態をつく。

「ねえ、これなに?」

そんなあたしの態度を気にする事すら無く、
この自由奔放な友人は、あたしが浸かっているタライを指差しながら、
あたしの答えを聞く間もなく、パンツの裾をめくって足を入れて来る。

「冷たくて気持ちいい」

よいしょと余っている椅子を引き寄せて、あたしの向い側に座る。

「ちょっと、人が涼んでるんだから入ってこないでよ。
 水がぬるくなっちゃうじゃん。
 こら、足をバシャバシャしない!
 水がはねたら、後で掃除が大変なんだから!」

「牧野、子どもの世話を焼くお母さんみたいだね」

「じゃあ、花沢類は手のかかる子どもじゃん!」

あたしは向かいに座っている人に向かって、思いっきり「いー」と顔をしかめる。

「牧野が、元気そうで良かった」

そう言って花沢類は、まだ足先で軽く水をはねて遊んでる。

「うん…。時々辛くなるけど、あたしはもう大丈夫」

嘘でも、強がりでもなく、

それがあたしの、今も正直な気持ちだから。











to be continued...
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