錆びつく森

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act.10

written by  emmiy




18.





「類か?俺・・・・・」


「司?久しぶりだね。
 就任パーティ以来だよね。
 で、どうしたの?司から電話・・・って、珍しいよね。
 何か・・・あった???」


「あぁ、そうだな・・・
 類、ちょっと聞きたいことがある。
 おまえ今一人か??
 この会話を誰にも聞かれたくない。
 他に誰か居るんなら移動してくれないか?」



「今、俺一人だけど・・・
 もしかして・・・S社絡み??」


「何で分かるんだよ・・・
 ホント、おまえって相変わらず得たいの知れないヤツだなぁ!!」



「そりゃ、司・・・おまえが分かりやすすぎるんだよ。
 俺は普通だと思うけど!!」


「まっ、そんなことどうでもいいか・・・
 今日発表されたS社と花沢物産の、「断熱塗料の世界的なマーケティングに関する
 事業合意」の事で花沢物産が知ってること・・・全部知りたい」


「司、藪から棒に何だよ。
 全部だなんてそんなこと他企業の総帥である司に言えるはずないでしょ!!
 おまえだって、始まったばっかりのプロジェクト内容を関係者以外に漏らす
 なんて事出来ないんじゃない」


「あぁ、わりぃ、ちゃんと説明するから・・・
 S社から発売される断熱塗料の画期的成分なんだが・・・(中略)
 と言うわけで、ロスマン社で発見された微生物を誰かが持ち出した上に、S社で
 発見したことになってるって訳だ。
 もし、これがロスマン社から売り出されれば、今の業績の落ち込みを補って
 余るほどの利益が見込まれる。
 それに、これからのロスマン社は安泰というわけだ。そりゃ、その上に胡座を
 掻いてるようではどんな企業もお終いだがな!!
 それに、どうやらロスマン氏の事故が単なる偶然の事故と言えなくなった。
 何者かがロスマン氏の命を狙っている」


「そう言うことか??
 そう言えば、S社の社長は元ロスマン社の社長をしていた人物だよね。
 分かった・・・俺はこのプロジェクトに関しては殆ど知らないと言っていい・・・
 それを聞いたからには俺がこのプロジェクトを動かさざる終えないだろうね。
 ちょっと時間をくれないか・・・。俺の方からおまえに連絡入れるから・・・
 それでいい??」


類の言い分がもっともだと、焦る気持ちを抑える。

「あぁ、分かった。出来るだけ早く頼む・・・」



「ロスマン氏が狙われたんだ、おまえが焦る気持ちは分かるが、時には待つ時間も
 重要な時だってある。あやふやなデータじゃ、どうにもならないだろ!!それに、
 おまえも狙われて当然のポストにいるってことを忘れるなよ」


「あぁ・・・分かってる。じゃ、連絡待ってるからな!!・・・・・・類!!!」


本当なら、ここで類との話は終わっていたはずだった。
だが、何故か不安に苛まれていることを類に確かめて見たくなった。
いつもストレートに話をする俺には珍しく、遠回しに話を切りだした。


「ん、何??」


「東京で牧野に会った。」



「そう・・・で、元気だった??」



「あぁ、あいつ今回の微生物を調査した会社にいた。
 俺さぁ・・・言えた義理じゃねぇけど、おまえと付き合うんじゃないかと不安だった」



「司、おまえ何言ってんの?
 ホント、勝手だね。言えた義理じゃないよ。
 そりゃ・・・あの場合別れるしかなかった。ってのも分かってるつもりだよ。
 それに、あいつはそんなに器用な女じゃないでしょ。
 司と別れたから俺と・・・なんて、そんなことおまえだって分かってると思ってたけど・・・
 俺がささえるから・・・っても、あいつ全然頼ろうとしない。
 あいつらしいって言えばあいつらしいけど、頼る事が迷惑なことだと思ってるからね。牧野は・・・
 でも、今は総二郎が側にいるから大丈夫なんじゃない??
 おまえとも俺とも違う形で総二郎はあいつを見守ってるよ。
 もしかして、総二郎に牧野を取られちゃうかもね」


予想していたとはいえ、現実に類から総二郎と牧野の話を聞くと改めて嫉妬の渦に
落ちてしまいそうになる。
大声を上げて”誰も牧野に関わるな!!”と叫びたい衝動に駆られるが、今の俺にはそれを
することさえ許されない。




「総二郎が・・・・・やっぱ、そうか??このS社絡みの話を持ち込んだのが、総二郎だった。
 多分、牧野から小耳に挟んだんだろうな!!」




「そう・・・で、司はどうするの??
 っても、牧野に関しておまえがとやかく言えないよね。
 それに・・・これ以上牧野を傷つけたら許さないからね」


「んなこと、分かってる」



「ならいいけど・・・・・取りあえず、連絡入れるから!!」


「ああ、頼む!!」






類との電話を終えると、夕闇が近づきつつあるマンハッタンを見下ろす。
牧野に関してザワザワする心の内を見ない振りをして、今回の事件に集中した。


ここNYの経済界・・・言い換えれば世界の経済界で生き抜くのは並大抵の事ではない。
ちょっと油断すると、ロスマン社のように足下を掬われる。

そもそも、司が巻き込まれたであろう一連の出来事はロスマン社元社長であり、現在の
S社社長サム・ラスカンが全てに置いて関わってくる事は間違いなさそうである。


司の人生そのものを変えてしまったサム・ラスカンはそれだけで万死に値するだろう・・・

やっと、二人で幸せな時間をもてると思った矢先に起きたひとつの事故によって
司とつくしの人生そのものが狂ってしまった。


人のいい、フランク・ロスマンだからこそ、自分たちの幸せを二の次に救いの手を伸ばした。
それに関しては、人間として当たり前のことだと思うし、知らん顔なんて出来るはずはなかった。
まして、一人娘のマリには経済界に関わりを持たずに育てられただけにフランク・ロスマンの
復帰、もしくはそれの変わる者が必要だったと言えるだろう。


サム・ラスカンには・・・人はいいが、経営者としての手腕は超一流のフランク・ロスマンが
よっぽど邪魔だったのだろう。
だが、サム・ラスカンに取って司の存在は頭になかったのか?それとも司を甘く見ていたのか?
彼にとって、道明寺司を視野に入れていなかったことを後悔しても仕切れない日が
訪れるだろう・・・

司は決してサム・ラスカンを葬り去るまで手を緩めない。
道明寺財閥を司を完全に敵に回してしまった。

サム・ラスカンはあの時、ロスマン共々司を闇に葬るべきだったと・・・・・
後悔することだろう!!








司は、さっき調査報告に訪れた秘書に何やら命じ、すでに煌めくばかりに光と闇が交差する
マンハッタンに飲み込まれるようにオフィスを後にした。










数日後、東京ビオラブ社で二通の辞令が発令された。


一通はロスマン社より依頼された微生物の成分分析に直接関わった技術員に対して
ロスマン社、中央研究所への出向が命じられた。

そして、もう一通は業務担当で今回ロスマン社に関わる契約云々をまとめなおした
牧野つくしに道明寺財閥NY本部への出向が命じられた。




尚もお互いを忘れられない二人がどういった形にせよ関わりを持つ。
これから、行き着く先は闇なのか?それとも明るい未来なのか?誰にも分からない。



ただ、完全に道明寺との関わりを絶ち、前に進もうと賢明に歩いていたつくしにとって
この辞令自体が信じられないものであり、道明寺の意図が見えないだけに不安に
押しつぶされそうになっていた。







19.





今回の辞令をビオラブ社の社員達は色々な詮索をし、それに尾ひれを付けながら
社内中を飛び回っていた。

当の本人達はと言うと・・・
ロスマン社の中央研究所に出向が決まった数名の技術員達は、驚きと共にあれだけの
大企業の抱える研究所で働けるとあって、期待に胸を膨らませていた。


そして、もう一人の当事者と言うべきつくしは戸惑いと不安、そして何より何故自分が
道明寺財閥・・・それもNYのあいつの元に行かなければならないかということ・・・
そして、これは社長命令であり、拒否すること自体が不可能で・・・もし、どうしても
拒否するのならばこの会社を辞めなければならない。
という現実を突きつけられて、完全に思考回路はショート寸前だった。


先日の商談の際にはこんな事が起こるとは夢にも思わず、
突然目の前に現れたあいつに驚きと嬉しさ、でもやはり自分はすでに何の関わりもなく
なったんだと思い知らされ、自分を誤魔化しながらただただ時がこの想いを癒して
くれるだろうと、日々を賢明に過ごそうと決めた途端、この辞令であった。



あいつ、何考えてるんだろ??

今更、あいつとあたしに接点なんてないはず・・・
ううぅん、接点なんて持っちゃいけないんだ!!


それはあいつも分かってるはず・・・・・
それとも、この間・・・あいつが急遽NYに帰った事となんか関係があるのかな〜〜


あ、あたしはどうしたらいいの??
NYに行って、あいつと接して・・・平気でいられる??


ん、待てよ!!考え過ぎかも・・・・・
道明寺財閥NY本部勤務って、いってもあいつの側に居る訳じゃないよね。




無理矢理自分を納得させるしかなかった。
それでも、やはり心はざわめき仕事なんて手に付かない状態だった。








今日は仕事が終わったら西門邸でお茶のお稽古の日だった。
どうにか就業時間までに残務を済ませ、退社時刻が来ると逃げるように社を後にした。

いつものようにビオラブ社の前に高級車が1台止まっている。
普段なら戸惑いながら乗り込む車に今日は足早に乗り込み、そのままへたり込んだ。





いつもと様子の違うつくしを総二郎が気づかないはずはなかった。


「牧野?何かあった??」


「あ、うん・・・ゴメン!!後でちゃんと話すから・・・
 ってより、西門さんには話しておかなきゃいけないし・・・・・」




「そっか、じゃぁ後でゆっくり話してもらうとするか!!
 その前に・・・今日は、」



「あ、ちょっと待って!!
 お茶のお稽古、今日はなしにして貰えないかなぁ
 あたし今日はとってもお茶、点てられそうにない。
 ホントに申し訳ないけど・・・そうして貰える??」



「なんだ?そりゃ・・・まっ、構わなぇけど・・・
 何か、おまえかなり疲れてないか??
 何ならこのまま送ってくか??」


本当の所はつくし自身も分からなかった。
実際、考えなければならないことは沢山あった。
でも今回の事は考えてもどうにかなる問題ではなさそうな予感がしていた。
安易に、会社を辞めれば行かなくていいかも・・・とも思ったが、
この時期に持ち上がった話だけにそう簡単に事は収まらないのだろう。
取りあえず、ひとつずつ片づけて行くしかなさそうだった。

「うん、そうしたいのは山々なんだけど・・・
 西門さんに話しておかなきゃ」



「そっか、取りあえず茶室に行くか??
 あそこなら落ち着いて話せるし・・・・・」


「そうして貰える??」





いつもの雰囲気と違うつくし・・・今にも泣き出してしまいそうなほど、気丈さは
陰を潜め壊れてしまいそうなそんな儚さを総二郎は感じていた


茶室に入ってからもなかなか言葉が出てこないつくしだったが、総二郎は急かすことなく
つくしが喋りだすまでじっと待っていた。




「西門さん!!あの・・・あたし、海外勤務になったの!!
 今日、社長から言い渡されて・・・
 だから、お茶のお稽古も、もう来れなくなっちゃった。
 今まで教えてくれてありがとう!!」



「海外勤務って、牧野の会社・・・
 海外にも支店とかあったのか??
 で、何処に行くんだよ・・・」



「あ、あの・・・ウチの社に海外支店なんてないよ!!
 今回は、あたしと後・・・数名の技術員が出向って事で海外勤務になるみたい」



「まさか・・・・・・」




「そ、そのまさかなの!!
 あたしどうしていいのか分からなくて・・・・・
 でも、この辞令自体が断れる時限のものじゃないみたいだし!!
 それに、いくら道明寺だって・・・あたしをどうにかするつもりなんてないだろうし・・・」





「そりゃな、あいつは仮にも結婚してる身だし・・・・・
 って、司のヤツ何考えてんだ???
 牧野・・・おまえが行きたくないんなら断わりゃいいじゃねぇか!!
 おまえから断れないなら、俺から言ってやる。
 なっ、そうしろよ!!
 それとも、おまえは行きたいのか??」



つくしは首を横に振る。肯定とも否定とも取れるつくしの仕草に総二郎は少し苛ついてきた。
実際、司に会いにNYに行った時は、この情報が引き金となり二人に取って明るい兆しが
見えるようになればいいと思っていた。
でも、現実に事件が発覚し・・・それに伴ってか司の側に牧野が行く!!
いや、自分の視界から居なくなると思うと、違う感情が自分を支配してしまっていた。
鈍感な牧野に悟られるとは思わないが、それでも感情を抑えポーカーフェイスを崩さないよう
務めるのに必死だった。



「でもね。あたしのせいで会社に迷惑掛ける訳にはいかない・・・」



「んな、会社なんて辞めちまえ!!
 おまえがどうしても行きたくないって言うんなら、俺がなんとでもしてやる。
 何なら、ここで働いてもいいぜ!!
 お茶も習えて一石二丁だろ??
 それに、俺だって・・・・・・」


「そんな、西門さんにも迷惑掛けられないよ。
 ホントはね。どうしても行きたくないって訳でもないんだと・・・思う。
 ただ・・・」


「ただ・・・・何だよ」



「うん、怖いの。
 あいつの手を離したのはあたしなのに・・・
 それでも、未練たらしく引きずってるあたしがいるの。
 あいつの奥さん、マリさんだっけ・・・そこはあたしの場所だったのに・・・なんてね。
 自分でもこんなどろどろした感情を持て余してるのに、
 NYに行って、それを目の当たりにしたらどうなっちゃうんだろう?ってね。
 自分がどんどんイヤな女になって行くような気がして・・・・・」






これ以上はムリと悟った俺は、
今にも泣きそうで俯き加減に話す牧野の頭をそっと撫でる。
早まった結論を出さないよう言い聞かせて、その夜は牧野を送り届けた。
実際は、あいつの中にすでに答えは出ているのだろうと思う。
それでも、司と話をしなくては・・・と、携帯電話を眺める総二郎だった。










to be continued...
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