錆びつく森

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act.20

written by  鳥




42.





卓上カレンダーがもう既に12月になっているのをちらりと横目で見やると、
ふっと軽き息を吐いて、遅々として進まない書類を諦めてペンを置く。





あたしは…





割り切れないものが胸の内で渦を巻き、気分は一向に晴れることもなく、
ずっと鬱々としていた。



あれから静がどうしてこのような狂気の行動に走ってしまったのか、この
事件自体が護身用の拳銃の暴発によるものだということで表沙汰になって
いないこと等々を司から事細かく病室で問いただしたつくし。


そして静は統合失調症でNYの心療内科のあるメディカルセンターで、
入院していることも。


その傍にはイギリスから駆けつけた類がずっとついているということも…。



当然静の狂気に走った理由を聞いたつくしは、愕然として
打ちのめされることとなった。




F4を手懐けてしまった自分が憎いと。


類の心が戻ってこないのは自分のせいだと。


静の大事なものを奪っていく自分が許せないと。


憧れ尊敬して止まない静が自分を嫌いだと。



そんな風に思われていたことが… ―――― 。




「何でおまえが気に病む必要があるって言うんだよ!
 ただ静の気がふれたってことだけで、静が言っていることはただの
 言い掛かり、イチャもんつけてるとしか思えねえだろがっ!」


「でもっ…」


「今日はもうこの話はやめだ。おまえの身体に障る。もういいから寝ろ」


そう言って半身起こしていたつくしの身体をそっと横に寝かせた司は、
腕時計をちらりと見やる。


「悪い、今から会社行かなきゃなんねえから、ちょっと行ってくる」


「…」


自分とは反対の方へ顔を向けて何も答えようとしないつくしに、少し眉を
顰めるもののそのまま立ち上がると、病室の扉を開けた司。


「道明寺…、当分の間ここには来ないで、お願いだから」


立ち去ろうとした司の背に弱々しく声をかけたつくし。


「なんでだよ?」


「今は一人にしておいて欲しいから。…お願い」


「……わかった」


つくしに背を向けたまま渋々答えると、苛つきをぶつけるかのように病室の
扉を乱暴に閉めた司であった。


2日前はつくしが目覚めて嬉しさに満ち溢れていたのに、いずれ避けて
通れない話だろうと思っていたとは言え、自分までが遠ざけられてしまう
状態に、どうしようもない怒りが込み上げ湧いてくる。

そして先程プロポーズしたことも、どうやら暗礁に乗り上げてしまった気がして、
静のこともあり余計心重くなるばかりの司であった。


毎日ではないけれど、1〜2日空けて訪ねてくる司の顔を見るのも辛くなった
つくしは、「今は一人にして欲しい」と言って更に遠ざけていった。

けれど、考えても考えても答えの出ない問いかけは、つくしの心を
もっと曇らせていく。



つくしが意識を取り戻してから一ヶ月、ようやく退院が認められ退院する
という時、さすがにその時は司と顔を合わせずに済む訳もなく、一向に
晴れない心をいだいたまま顔をつき合わせた。


「おまえどうする、これから?」


荷物を手早く片付けているつくしの背中に向かって声かけた司。


「ん、一応Q-1356の件も片付いたし、お医者様のゴーサインも出たし日本に
 戻ろうと思ってるよ」


司と顔を合わせずしゃがみ込んで荷造りしながら、淡々と答えたつくし。


「ありがとね、今まで迷惑かけちゃって」


ようやく荷造りを終えると、司の方へ振り向きながら余所余所しい微笑みを
貼り付けてお礼を言ったつくしだった。


「…」


腕を組み壁にもたれたまま、つくしの余所余所しさを痛いほど感じながらも、
敢えて卑怯かと思いつつも重たい口を開いた司。


「…静のことはどうする?」


「もう考えてもしょうがないし、事件も表沙汰になっていないんだったら
 このままで、うん」


笑みを浮かべつつ自分を納得させるように何度も頷きながら話すつくし。


「でも、おまえ、前によく言ってたろ?
 『本来被害者が守られるべき法でなきゃいけないのに加害者が
 守られちゃう法っておかしい』って」


「……」


二人の間にピンとした張り詰めた見えない糸が張られたように、冷たく
気まずい空気が流れていく。







43.





つくしが大学で専攻し学んでいたのは、法学部。
当然いろいろな過去の事件の資料を読み漁り、世間で起きるさまざまな事件にも
関心をいだいてニュースを聞いたり新聞を読破していた。



やはりその度に思うことが、

    どうして加害者が守られてしまうのだろう ―――― と。


守られて然りなのは、

    被害者であり、被害者の人権・その家族ではないのか ―――― と。



今回の静のことにしても、そのことがずっと頭の片隅でくすぶっていた。


ただ静に関して言えば、最初錯乱した様子でぶつぶつと何故こんなことを
してしまっていたのか脈絡なく話していたらしいのだが、その後はぷつんと
気を失い、今現在はつくしを自分の手で撃ってしまったことなんて覚えて
いないというものであった。

そうして、病院の診断で下された結果が『統合失調症』。

この事件を拳銃の暴発ではなく、本当は故意に撃ったものだと言えば、
逮捕され起訴されて然りの話だが、犯人である静にこの診断が下された
ということは、『心身喪失に拠るもの』とみなされ、世界中どこでも
そうだが日本で言えば刑法第三十九条において、無罪とみなされる。

だから、起訴しようとどうせ不起訴になってしまうのだから、変わらないと
言っても過言ではない。

ただ、一度起訴されればいくら心身喪失状態にあったとしても、その本人や
身内にとっては不名誉もいいところで、下手すると未来は閉ざされる。

藤堂家の一人娘であり、フランスで弁護士としてやっている静の場合、
不名誉どころか藤堂家が経営する会社は危機に陥り、静の未来は閉ざされ
一生外を出て歩くことも禁じられ、閉じ込められるだろう。


どっちにしろ静の両親が言った『この事件を不問にしてくれ』と懇願してきた
意味は全てここにある。

ただ不問に付しても今後の静のことを思うと、更につくしの心は迷い
渦を巻いていた。



静は弁護士という職業で、法曹界に身を投じている立場であると言うのに、
今は事件に関しての記憶を失っているからいいものの、
事件のことを思い出した時、どうなってしまうのだろう… ―――― と。



「…だったら何で事件が起きた時に、銃の暴発なんて言ったの?」


貼り付けた笑みがふいに消え、厳しい顔つきとなったつくし。

司は苦渋に歪んだ表情をして、思わず視線が彷徨う。


「…あたしだってわかってる。
 静さんがあんたや花沢類、ううんF4にとってとっても大切な人だって。
 だから、暴発だって言ったんじゃないの?」


「…俺は…、
 俺はお前がもし助からなかったら、静のことは許すつもりなんてなかった。
 ってか、今でも許せないんだ、俺は。お前が傷つけられたこと自体が…。
 ただ…」


俯き一度苦しみから逃れるかのように瞼を伏せると、苦しそうに喘ぎながらも
話し始めた司。


「あいつらが…、類と総二郎とあきらが『許してやってくれ』って
 すぐさま言ってきた。でも俺はおまえに万が一のことでもあったら、
 相手が誰だろうとおまえを傷つけた者全て殺してやるって思ってたし、
 今でもその気持ちは変わりがねえよ。
 でも ―――」


一旦言葉を途切らせると、俯きかけていた顔を少し上げ誰を見るわけでもなく、
くうを見遣った司。


「――― でも、おまえは目を覚ましてくれた。

 だから卑怯かもしんねえけど、最後の審判はおまえに任せようって、
 そう思った」


己の不甲斐なさ故からなのか、もう一度瞼を伏せると同時にふっと自嘲気味な
笑みを浮かべる…。


「…俺も…、…情けねえな」


司も結局は自分自身で決断を下せなかった自責の念に駆られているのか
苦渋に満ちた様子で、さすがにつくしもどう考えようとも答えの出ない
問いなのだと、自分自身を諭す。


「うん。だからこのままあたしは帰るから。
 あっ、そうだ」


くるっと司に背中を向けて、ごそごそっと荷物からなにやら探し始めたつくし。


「これ、今のあたしじゃちょっと重たすぎて持っていられないから、返す…ね」


そう言ってつくしが自分の手を差し出す。
その手のひらの上には、あのビロードの箱が乗っていた。


「…やっぱり駄目か」


どこかで予感めいたものがあった司の口からは、こんな言葉しか出てこない。


「…違う。
 今なんかいっぱい有り過ぎちゃって、どう捉えていいのかわかんないだけ。
 それに結局自分自身も、うん」


「じゃあおまえが考えれるようになるまで、持っててくれればいいじゃねえか」


ううんと静かに首を横に振ったつくし。


「今のあたしには重荷しかならないから。ごめん…」


そう言って、司の手にビロードの箱を持たせ返したつくしだった。



この後、日本に帰るつくしをジョン・F・ケネディ空港までリムジンで
送って行った司。

そうして、日本に戻ってビオラブ社で今まで通りの日常を取り戻した
つくしだった。

けれど、つくしの心が晴れることはなく、いつまでも何かが燻り続ける。



結局、自分自身も逃げたことには変わりないのだから ―――― と。



不問に付してしまったことは、周囲にとっては良かったのかもしれないけれど、
当の本人にとってみればどうなんであろうかと思う。


静が事件のことを思い出した時に、もしかしたら静は自分で自分を
絶ってしまうような、そんな不安がいつもどこかかしこで纏わりついていた。


そして司のことも大きな影となって、つくしを違った意味で苦しめる。



そんなつくしは、司が屋上スカイデッキでスーツのポケットに両手を突っ込んだまま
風に吹かれスーツの裾をなびかせながら、つくしの乗った飛行機を
見えなくなっても、いつまでも天を仰いだまま見送っていたことも…。


暗く切ない哀しげな瞳を携え、哀愁漂う背中を見せていたことなんて、
知る由もなかった。







― 完 ―








↑っていうのは冗談・・・えっ性質悪い?ごめんなさーい(汗)
でも年内はこれで『完』デス(⌒⌒;
更新履歴にも書きましたが12月25日から1月5日まで
冬休みを頂戴致します、なのでちょっと気が早いですが・・・ 

皆様へ

本年は大変お世話になりました、来年も引き続き宜しくお願い致します
寒さ厳しい季節です、体調に気をつけてどうぞ良いお年をお迎え下さい



                       
to be continued...
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