錆びつく森

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act.22

written by  みや




46.





つくしは頭上のラックから手荷物を下ろすと他の乗客たちとともに
のろのろと飛行機を降り数ヶ月ぶりにNY地を踏みしめた
日本とは違う空気を肌で感じた途端心臓が大きく波打つ
NYは悲しみと別れが付きまとう街、そこに舞い戻ること事態勇気がいる
まして今回待ち受けている現実は心躍るようなものとは程遠い


けれど・・・


じっとりと汗ばんだ手のひらをジーンズで拭ったつくしは大きく息を
吸い込むと自らの気持ちを引き締めるように強く荷物を握りなおし
前を向いて歩き出す


もう逃げないと決めたから



混雑するターミナルビルを横切り客待ちするタクシーの列に近づく
運転席に座る顔ぶれをざっと見渡したつくしはその中の1台に近づいた
締め切られた窓を軽くノックすると新聞から顔を上げた運転手が
相手を値踏みするようにじろじろとつくしを眺め回す


容赦ない視線に他をあたろうと思い始めた頃やっと窓ガラスが下ろされ
年配の運転手が行き先を聞いてきた
つくしがあらかじめ用意してきたメモを開いて見せると年配の運転手は
そこに書かれた行き先に最初軽く眉をあげ、それからいかにも
アメリカ人らしく大袈裟に目玉をぐるりと回して見せたあとOKと呟き
運転席から降りてつくしのトランクを車に積み込んだ


ようやく乗り込んだ車内はどこか埃っぽくシートも安物のビニールで
覆われていて冷たい上に、スプリングが硬くて路面の凹凸を直に
感じるような粗悪な物だったが、寒さから逃れられたつくしはシートに
深く腰を埋め安堵の溜め息をついた


目的地は静が入院しているメディカルセンター、空港から車で40分
タイヤを軋ませながらタクシーひとつ角を曲がるたび対面の時が
近づくのを感じ否が応でも緊張が増してくるのを感じる


しかし気持ちを落ち着かせようにも東洋人、しかも若い女性が1人、
この状況が珍しいらしく運転手がインチキ臭い日本語を交えながら
何だかんだと話しかけてくるので精神統一などできるものではない

日本人の性質か持って生まれた人の良さか静かにして欲しいなどと言えず
適当な相槌を打ち曖昧な笑顔を浮かべたがゆえに悦に入った運転手の
おしゃべりは止まらずオハヨー・コンニチハなど日本人観光客に
教えてもらったと言う片言の日本語を次々と得意げに披露していく


上の空で聞いていたつくしの耳に飛び込んできたキーワード





「Above all, I like this、アリガトウ・アイシテマス」





大切な人間に今1番伝えたい言葉・・ありがとう愛してます








『思っていても行動に移さなければそれは何も思ってないことと同じ』


ロスマン会長にそう言われた時、遠い昔同じような言葉を聞いた
気がしてならなかった
そうあれは静さんがパリに旅立った日花沢類の心がわからなくて
気持ちを押さえることが相手に対する思いやりなのかと投げかけた
あたしに道明寺が言った言葉




『よかねえよ・・・だったら初めっからなかったも同じじゃねーか
 明日死んだらどーすんだ、悔いが残るだろーが』



後悔なら死ぬほどしたあいつの手を離したその時から・・・
もう後悔はしたくない自分の気持ちに正直に真っ直ぐに生きてみたい
今日はそのための第一歩



名前も知らないドライバーの何気ないひと言に背中を押された
その後新しい日本語を教えてくれと言う彼に「ゴメンナサイ」を教えると
イントネーションが気に入ったらしい彼はまるでお気に入りの歌でも
口ずさむようにずっとゴメンナサイと繰り返していた


すっかり肩の力が抜けたところで目の前に見えてきた豊かな緑
それに囲まれた白い建物
メディカルセンターの正面玄関で運転手に礼を言ってタクシーを降りた
つくしは改めて全体を見渡しその開放的な空間に驚かされた
精神を病んで入院したと聞いて想像していた場所とは明らかに違う
開放的な空間




中に入ると驚きはさらに広がった、受付に続くロビーはさほど広くないが
大きく取られた窓から太陽の光がふんだんに取り込まれ、待合室らしき
スペースにはおよそ病院には似つかわしくないカラフルなソファーが
無造作に置かれている、まるでお洒落なカフェにでも迷い込んだ気分



驚きを引きずりながら受付にいた若い職員に藤堂静の名前を告げると
少し待つように言われた
言われるまま手近なソファーに座っていたつくしの前に現れたのは・・・




「牧野?」

「・・・花沢類」







47.





入院病棟に続く渡り廊下をゆっくりと並んで歩きながら
類が短い言葉でつくしに問いかける


「身体は?」


つくしは顔をあげて類を見上げた、自分を見下ろす薄茶の瞳からは
何も読み取れなかったがその下に薄っすらと浮かぶ青白い隈が
この数ヶ月間の彼の苦悩を表しているようで胸が苦しくなる


「もう何とも・・・静さんの具合は?」


つくしが彼女の名前を口にしたその一瞬、それまで何も写さなかった
薄茶の瞳の中に何かが浮かんだように見えたがすぐに消えてしまった
しかしその直後、類は足を止め小さな声で呟いた「ごめん」と
何に対する謝罪なのか類は語らないしつくしも尋ねない


口を開かぬまま再び歩き出した類について行くとそこは
静の病室ではなく屋上に続く階段
分厚いドアに手をかけ一歩踏み出すと晴天とはいえ真冬のNY
吹きこむ風は身を切るように冷たく厳しい


頬にあたる風の冷たさと眩しすぎる外の光に思わず立ち止まった
つくしを類が振り返る


「よく来るの?」

「たまに」


建物の影を抜けてしまうと降り注ぐ陽射しが思いがけない温かさをもたらした
背中に太陽を背負う形で手摺にもたれた類につくしも続く
そのまま2人は眼下で揺れる常緑樹の葉が風に揺れる様を並んで見つめた


優しい春風も焦げ付くような真夏の日差しも落葉樹の葉が落ちる秋も
空気さえ凍りつかせる厳しい冬も常に変わらぬ緑を保ち続ける常緑樹
常に変わらずそこに存在するものそれはまるで・・・



「静を庇ったこと・・・ごめん」



類のことを考えていた矢先不意に声をかけられたつくしはぎくりとして
振り返ったが類の瞳は相変わらず緑を見つめたまま
どこか寂しげな横顔につくしの胸がまたちくりと痛む
彼が感じているはずの罪悪感を和らげてあげたいと思う自分が否定の言葉を
言わせようとする、でも偽善者にはならないと決めたからつくしはまず
自分自身に問いかけた



恨んではいない、怒ってもいない
大切な人は必ず守るそんな人達だから彼らは自分にとっても
大切で大好きな仲間になりえたでも・・・・本当にそれだけ?


「皆の立場だったら当然だよ、でも・・・少し寂しかったかな」


司が咄嗟に銃の暴発だと言ったこと、3人が司を説得したこと
加害者とか被害者とかそんな難しいことじゃなくて友達として
比べるような事じゃないとわかっていても
みんなから彼女の方が大切だと言われたようで寂しく感じたこと


ひとつずつ気持ちを拾い上げるように、飾らない自分自身の言葉で
話し出したつくしに類も手摺から身を起こし真剣に声に耳を傾ける


「静さんに嫉妬してる自分に気づいた時、あたしってこんなに
 卑屈な人間だったんだって驚いた」


自分の弱さを認めることはとても勇気がいること
でもつくしは言いながら笑っていた、それは自嘲的な笑顔だったが
類にはたまらなく眩しく写ったことなどつくしは知らない
ひたすら真っ直ぐに類を見つめ自分の気持ちを心境の変化を語っていく


自分の中にも存在した「エゴ」と言う名の弱さに気づいたとき
静をみんなをそして自分自身を許せると思ったと
言い終えたつくしはすっきりした顔で最後にこう言った


「花沢類あたしやっぱりみんなが好き、それに・・・道明寺が好きだよ」


少し照れながらもきっぱりと言い切り、今度はすっきりした笑顔を
浮かべたつくしに類の顔にも自然と優しい笑顔が浮かんだ
それは再会してから始めてみる懐かしい微笑み


「知ってる」

「今日は静さんにもそれを言いにきたの」







48.





診療内科の病室は一般病棟の1番奥、他とは隔離された場所にあった
同じようなドアの前を5つ通り過ぎたところで類の足が止まる
同意を求めるように振り返った類につくしが頷く


「類、遅かったのねどこに行ってたの?」


静かにスライドさせたドアが完全に開ききる前に聞こえてきた彼女の声
類の影になっていて姿は見えないが思ったより元気そうだとつくしは思った


「静、牧野が来てくれたよ」


類の声が合図のようにつくしが一歩前に踏み出す


「こんにちは静さん、お久しぶりです」


つくしは大きく息を吸い込むと思いきって顔を上げた
肩下まで伸びた髪を無造作に背中に垂らし、白いブラウスに鮮やかな青の
カーデガンを羽織った格好で窓際の椅子に腰掛けていた静は突然現れた
つくしに驚いた表情を浮かべていたが、その顔が見る間に綻んでいく



大きなガラス越しに柔らかな陽射しを浴びて微笑む静は美しい花のよう
記憶そのまま、変わらぬ美しさを保つ静の姿を目の当たりにして
つくしは不思議と心が軽くなっていくのを感じていた



「牧野さん?お久しぶりね、さあどうぞ中に入って」


司から静があのことを覚えていないとは聞かされていたが、
正直なところ会うまで少し怖かった

自分と会うことで彼女を刺激してしまったらどうしようとか
彼女の心の闇に潜む憎しみをぶつけられたら自分はどうするのかとか
こんな風に何事もなかったように微笑まれたらどう感じるのかとか


色々考えてはいたけれど今つくしは自然と微笑を返していた
そして心は決まった


「NYへはいつ?」

「今日・・・さっき着いたばっかりなんです」

「じゃあ空港から直接?ありがとう嬉しいわ。今回はお仕事なのそれとも」

「静さんに会いに来ました、聞いて頂きたいことがあって」



つくしは何かしら?と言い身を乗り出した静とその後ろに立つ類を交互に見た
類の口元にはさっきの微笑の余韻がまだ残っていて、その笑みが見守ってると
思うとおりにしろとつくしに告げていた



「あたし今までずっと誰かのためにって思いながらしてきた事
 全部心の底で誰かのせいにしてました
 傷つけたくない重荷になりたくないなんて言い訳しながら
 本当は傷つけた自分重荷になってる自分に自分自身が耐えられなくて
 逃げ出してばっかりきました」


「牧野さん・・」



口を挟もうとした静の肩に手が置かれ振り向いた彼女に類が首を横に
振ってみせる
不承不承といった様子で口を噤んだ静が座り直すのを待ってつくしは
先を続けた



「どっかで感じてたんですけど・・・認めたら自分が嫌いになりそうで
 でもやっと認める勇気を持つことができました
 これ以上自分を嫌いにならないためにこれからは自分に嘘つくの
 止めようと思います」


「具体的には何をなさるつもり・・・なの?」



静の瞳に不安の影が過ぎる・・・ちらりと動いた視線の先にいるのは類
あの事件の発端になったのは類を失いたくないと思う彼女の気持ち
それが恋心なのか独占欲なのかそれとも違う何かなのか・・・
もしかしたら静自身もまだそれが何かわかっていないのかもしれない

答えを見つける手助けはできないけれど彼女の心を少しだけ軽くする
ことはできる、つくしはじっと静を見つめそれからはっきり口にした



「あたしは道明寺が好きです、ずっと好きだったってちゃんと伝えます」










to be continued...
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